K-SOHYA POEM BLOG
私のBLOGは詩歌句の「短詩形」文芸に特化して編集している。 今はもう無くなったが、朝日新聞の大岡信「折々のうた」などの体裁を参考にして少し長めの記事を書いている。自作も多めに採り上げている。
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ひとり連詩・「残 照」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
イコン

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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 ──草弥の詩作品<草の領域>──(59)

        ひとり連詩・ 残 照・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
          ──春潮の快楽(けらく)か老いのうす明かり──



   <川は枕の下を流れ>
   と詠んだのは吉井勇
   川は きのうへ流れ
   ひとりぼっちの川は流れる 無信心
   性書ひらく一瞬 さくらが咲いた
   本なんか読むなよ 満開の桜だ
   母の展(ひろ)げる地図に さくらさくら
   襞(ひだ)をひろげると地図が消えている
   妻の手の鳴る方へ 魚形の眼(まなこ)だ
   春の夜の不思議な夢に家族の目だ
   私の咎(とが)で傷つくお月さまだ
   春の雨 やがて弔い唄になる。


   花は雫(しずく)して木偶(でく)の唇はひらき
   弱肉強食の歯にしらしらと桜満ち
   木偶に木偶来て きのうのさくらだね
   死者の目に残るさくらの幾ひらぞ
   生は死の一部分であり
   生きる証(あかし)の腐臭を放つのだ 贄(にえ)
   じっとしていると集(つど)う孤と孤と孤
   あこがれのあれは けだものの火のかたち
   青嵐 火の手が及ぶかもしれぬ
   待つ身ゆえに 郵便受に日が落ちる。


   野菜サラダの上を菜種前線通過中
   存在証明 大きな音で茶碗が割れる
   こっそりと研ぐ快感のナイフ
   ナイフ研ぐ かすかに青を零(こぼ)す指
   フラスコの中の白濁した未来
   黄泉比良坂(よもつひらさか) 缶を蹴ったり石を蹴ったり
   ガードレールをざくっと越えてゆく記号
   「柿の種」をポリポリ 遺産相続人になる
   木のぬくもり 男と女の過失率
   毀れゆく確かなものなど有りはしない
   屈託もなく春風が春画をめくる
   吉野は天川村洞川(どろがわ)から陀羅尼助丸が届く
   いいえ、言葉の置き薬です。


   体内と体外の毛の出来ごころ
   通せんぼは止(よ)して あなたの夢の中
   春の体内の橋はぐらぐらと危険だ
   木の腋をくすぐり女は雨を待つ   
   気持よさそうに紐がのびている
   そう、蛇になったら行くところがある
   しばらくは木の股に 生きているよと揺れている
   そう、ふんころがしの一生に似て来たな。
   
       ひとつぶの朱(あけ)の残照 生きている。

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(2010/04/10作)
原作は縦書きで、ルビも振れるが、このフォーマットではフリガナが振れないのでカッコに納めた。
見苦しいがお許しあれ。 習作中のため改作することがあります。
この四月で、母の十八周忌。妻・弥生の四周忌になる。 その菩提追善のための献詩として作った。

いま昼前に札幌に住む亡妻の妹・克子さんから命日の生花が届いた。仏前に供えた。

掲出した「ロシア正教のイコン」画像は手持ちの画像を出したもので、私の詩とは直接には無関係である。


草弥の詩・ 老 後・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
226さくら草満開

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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 ──草弥の詩作品<草の領域>──(58)

    老 後・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
      ──老後とは死ぬまでの日々花木槿  草間時彦──  


  嫌な右目だ 左目はゆっくり空へ向けよう
  揺れるブランコ
  雌猫の目が右目で睨んでいる
  黒い箱の中が暗いとは限らない
  なめらかな時間の薄皮をそっと剥ぐ
  いちにちをむすんでひらいて酔いながら
  風流だなあ 時間の秘処を洗いつつ
  赤ちゃんが赤い ぬくとい朝である。
  
  ひょうたんがふらりと訪ねてきた喪の日
  ガラス器に音楽満ちて昼の葬
  読経する不確かに声寄せ合って
  木の葉一枚もらって帰る葬式
  朝の歯ブラシがやわらかい
  てのひらは明るく開かれ朝のトースト
  昼餉のあとのまどろみの夢見に春画がどぎつい
  性犯罪のようにぬいぐるみが温かい
  楕円形の眠い意識のまま白い陶器
  夕暮にさわってすこし大人 花いちもんめ
  ことりことり足音も忍ばせて幽霊もさみしい
  思考の隣の有象無象がくたびれる
  暮れてゆく窓の不思議を呑みこもう
  馬鹿馬鹿しい長い電話があった
  抜いて差す釘一本。

  老後ってこんなものか二杯目のカプチーノ
  呆ける楽しさ 帽子が水に浮いている
  飽きの来ぬ背中を眺め日が暮れる
  木の股の先に木の股 苦笑する
  未来から過去へ点いたり消えたりしている電灯
  存在の赤さに秋の灯が沁みる
  手を振りつづける 平凡な日常が消えないように。

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 (2010/04/05作)
この作品も「楽市」次次号用に準備していたのだが、次号の発行予定も未定なので、ここにWeb上に発表することにする。



草弥の詩・落花譜・・・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥 
蕪村0009

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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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 ──草弥の詩作品<草の領域>──(57) 

      落花譜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・木 村 草 弥
 

   みやこの花のちりかゝるは
   光信か胡粉の剥落した
   さまなれ

     又平に逢ふや御室の花さかり

           蕪村

  《「又平に」自画賛》 紙本着色 103×26 逸翁美術館蔵
  「又平に逢ふや御室の花さかり」の句とともに描かれた俳画
   又平は近松門左衛門の「傾城反魂香」に登場する画家


  
   花とりのために
   身をはふらかし
   よろつのこと
   おこたりかち
   なる人のありさま
   ほとあはれにゆかしき
   ものはあらし
   
     花を踏し
     草履も見えて
     朝寝かな
     
       夜半翁

   《美人図自画賛》 紙本墨書 扇面 19×50
    「あはれにゆかしき」女の姿を蕪村は、こう描いた


   蕪村の墓は、京都市左京区一乗寺の金福寺にある。
   元禄の頃、この寺の鉄舟和尚が芭蕉に心酔して自らの庵を芭蕉庵と
   名づけたのだが、蕪村の時代にはすっかり荒廃していたので、蕪村
   の友人だった樋口道立という儒者が発起人となり再興した。
   蕪村はそれを機に写経社というグループを結成し、毎年二回、金福
   寺で句会を開くとともに「洛東芭蕉庵再興記」なる一文を書く。
   安永六年には、やはり道立の発起により、庵の横に芭蕉を讃える石
   碑が建立された。
   
   蕪村の句 <我も死して碑に辺(ほとり)せむ枯尾花> に詠まれた「碑」
   とは、この芭蕉碑のこと。
   「枯尾花」は芭蕉の追善集の書名にかけたもの。
   芭蕉を尊敬していた蕪村。俳諧の歴史の流れの中で、自らも芭蕉の
   ような高みを目指したいという志が読み取れる。
   天明六年十月に持病の胸痛を訴えた蕪村は十二月二十五日未明、
   六十八歳で亡くなる。
   


   辞世の句は <しら梅に明(あく)る夜ばかりとなりにけり>
   そして、「我も死して」の句の通り、金福寺の芭蕉碑の近くに葬られる
   ことになった。
   蕪村の墓の隣には俳句の高弟・江森月居の墓、蕪村の絵の一番弟子
   で四条派の祖となった呉春も師の間近に眠る。

     身にしむや
       なき妻のくしを閨(ねや)に踏(ふむ) 
          
             蕪村
       
     *       *       *


      愛咬やはるかはるかにさくら散る    時実新子


   「愛咬」とは成熟した男女の情事での秘戯である。
   情事の床で、いろいろのテクニックを駆使しての成熟したカップルの
   もつれ合う姿が脳裏に浮かんでくる。
   時しも、桜の季節──しかも「はるかはるかにさくら散る」という
   お膳立ても出来上がっている。
   愛は「はかないもの」で、はるかはるかに散る桜のように、愛の熱情
   も、いつか色あせ、移ろってゆく。
   そういう愛の「哀しみ」を、状況設定も見事に芸術作品に仕立てた。


   時実新子は一九二九年岡山市生れの人気川柳作家でエッセイストでも
   あった。
   二○○七年三月十日肺がんのために七八歳で亡くなった。
   句集に『時実新子一萬句集』『有夫恋』などがある。
   この人の師匠は川上三太郎で、処女句集『新子』の序文の中で、

   <新子は女性であるから何よりも先ず女性の手に成った句を書くように仕向けた>

   という。
   川柳人口のほとんどが男性であった昭和三○年頃、他の男性作家と同じ
   ような句を書いていた新子に、三太郎が与えた啓示であった。


      一月に生きて金魚の可能性      時実新子
      二ン月の裏に来ていた影法師
      三月の風石に舞うめくるめき
      四月散り敷いて企み夜になる
      美しい五月正当化す別離
      六月の雨まっさきに犬に降る
      七月に透ける血脈陽を怖れ
      八月の蝉からからと完(おわ)りける
      脈うつは九月の肌にして多恨
      十月の藍の晴着に享く光
      あくまでも白し十一月の喉(のんど)かな
      極月のてのひらなれば萼(うてな)です

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(2010/04/01作)
(原文はタテ書き。ルビもあるが、このフォーマットではヨコ書きにすると振れないのでカッコ内に囲んだ)

掲出の画像は『蕪村─放浪する「文人」』から唯一、採画できたもので、私の詩の中にコラージュとして取り込んであるもの。
右側のタテ長のものが原図。左が絵の部分を拡大し、字句を活字に置き換えたもの。


草弥の詩・ 「贋作」・・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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楽市67号

 ──草弥の詩作品<草の領域>─(56)──

     贋作・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
       ──にせものときまりし壺の夜長かな   木下夕爾──



  本手瀬戸唐津茶碗直斎宗守(武者小路七代)箱書
  <時代金直しがされてます
  高台までニューがのびてますが使用には問題ありません
  仕服は淡々斎雪月花裂です
  後から付加えられたものと思われます
  箱底が虫食いとなっています
  桃山から江戸初期の伝世茶碗です
  寸法 ・ 巾140 高70
  価格 ・ お問合せください>

  <淡々斎>というと裏千家十四世のことだが。。。。


  「贋作」とは
  或る名高い物があって
  誰かが
  それに似せようとして
  それに阿(おもね)ろうとして
  あわよくば 真品だとして
  誰かを騙そうとして製作するものを指す

  だが
  この茶盌はいいものだな
  誰かが 後から
  淡々斎の裂(きれ)なんかを
  付加えたのが間違いだった

  誰かさんの詩のように
  稚拙でもいいから
  他人の真似でない
  自立した作品を作ろうよ
  利休も言っているではないか
  <茶の湯とはただに湯を沸かし茶をたてて心静かにのむばかりなる>
  

  或る未見の人からEメールで
  <言葉を操る業師>と言われた
  わざし、寝わざ師。
    いっそ「仕事人」(しごとにん)と呼ばれたい。

  

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かねて投稿中の詩作品が2009/12/1発行の「楽市」誌67号に掲載されたので、披露しておく。
(2010/04/06追加補記して改稿)


谷内修三「詩はどこにあるか」─「風力分級」評・・・・・・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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楽市66号

「楽市」66号に発表した私の詩「風力分級」について、谷内修三氏がネット上で評を載せていただいたので、下記に引用しておく。私の詩についての当該個所のみ。
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詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)
日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

木村草弥「風力分級」、三井葉子「橋上」

2009-08-22 00:44:32 | 詩(雑誌・同人誌)木村草弥「風力分級」、三井葉子「橋上」(「楽市」66、2009年08月01日発行)

 知らないことを読むのはとてもおもしろい。そして、私のようなずぼらな人間は知らないことがあると、それについて調べるのではなく、知らないことの中にある「知っていること」(わかっていること)、いや正確にいうと知っていると思っていること、わかっていると思っていることを中心にして「誤読」へ踏み込み、そこで勝手に「わかった」と自分だけで喜んでしまうのである。
 木村草弥「風力分級」は蟻地獄のことを延々と書いている。そこには「感想」というよりも事実が書いてある。(たぶん。)そして、その事実は専門的なことなので、私にはわからないことばがある。
 蟻地獄は、粒揃いでない荒地でどうやって巣(わな?)をつくるか。粒揃いになるように「整地」するのだそうだ。そして、そのとき「風力分級」という作業をする。


<風力分級の極意をアリジゴクに学ぶ>など考えてもみなかった。
つまりアリジゴクは整地作業をする際に砂を顎の力で刎ね飛ばすのだが
その際に「風力分級」という「物理学」を応用するのである。


 「風力分級」というのは風の力を利用して「ふるい」にかけるようなものなんだろうなあ。軽いものは遠くへ飛んで行く。重いものは近くに落ちる。それを利用して、自分にふさわしい砂(罠にふさわしい砂)を集める。うーん、アリジゴクのことを思うと気が遠くなるけれど、きっと、そういうことなんだろう。
 木村さん、あっています? 間違っています? 間違っていた方が、私はうれしい。
 どんな間違いであっても、その間違いさえも土台にしてことばう動いていける。間違っていた方が、とんでもない「思想」にたどりつけるからね。バシュラールは想像力を「ものを歪める力」と言ったような気がするが(あっています? 間違っています?)、このものを歪めてみる力の中にこそ、「思想」がある--と私はまたまた勝手にかんがえているので……。
 そして、このアリジゴク。成長する(?)とウスバカゲロウになるのだけれど、巣(罠)のなかにいる間は、糞をしないそうである。巣が汚れるのがいやだからだそうである。(アリジゴク語、ウスバカゲロウ語で聞いたのかしら?)そして、羽化してから、「二、三年分の糞を一度に放出するらしい。」(ああ、よかった。やっぱり、見えることを手がかりに、想像しているだけだね。--私のやり方と同じ、…………じゃないか。私は、ことばを勝手に「誤読」するのであって、事実を観察して、そこから推論を築いているわけではないから。)
 というようなことを、書いてきて、突然、最終連。


何も知らなかった少年は
年月を重ねて
女を知り
<修羅>というほどのものではないが
幾星月があって
かの無頼の
石川桂郎の句--《蟻地獄女の髪の掌に剰り》
の世界を多少は判る齢になって
老年を迎えた。


 あ、あ、あ。「女を知り/<修羅>というほどのものではないが/幾星月があって」なんて。小説(私小説)なら、その<修羅>を綿密に描くのだけれど(最近、詩でもそういうことを書いたものを読むけれど)、その肝心なこと(?)は書かずに、アリジゴクにぜんぶまかせてしまっている。
 きっと、そのなかには木村独自の「風力分級」があり、何年も糞をこらえているというようなこともあったんだろうなあ。(触れて来なかったけれど、途中に水生のウスバカゲロウの「婚姻飛翔」についての説明もあるのだ。)
 まあ、これは私の勝手な想像だけれど、この瞬間、アリジゴクの生き方が木村の「思想」そのものに見えてきて、とても愉しい。笑いたくなる。陽気になる。(申し訳ないけれど。)きっと、女との「修羅」を具体的に書かれても、これほどまでにはおもしろくないだろうと思う。女のことを書かずに、アリジゴク、ウスバカゲロウを科学的(?)に書くということの中にこそ、木村の「思想」がある。女、その修羅については、「科学的」には書けない。だから、書かない。書けることを(知っていること)を積み重ねて、その果てに、これは女と男の世界のことに似ているなあ、とぽつりと漏らす。その瞬間に、木村の「肉体」が見えてくる。
 私は、こういう作品が好きだ。

   風力分級・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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楽市66号

──草弥の詩作品<草の領域>─(55)──
 
       風力分級・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
            ──おのづから陥穽ふかく来しならむ蟻地獄なる翳ふかき砂──

少年は虚弱児だったので
独りで お寺の縁側の下で繰り広げられるアリジゴクの
「狩」の様子をじっと見つめるばかりだった
アリジゴクのすり鉢の穴を
昆虫少年というのでもなく
飽かず眺めていた。

アリジゴクの陣地構築はどうするのか。
彼─アリジゴクは先ず大きな輪を描きながら後ずさりしてゆく。
その輪の直径は次第に小さくなり、
最後に中心に潜り込んで完成する。
陣地の砂の斜面の角度は、いわゆる「安息角」。
もし虫などの獲物が斜面に足を突っ込むと、安定が崩れて地獄の穴
の底へ転落する。
湿度の変化によって「安息角」が変化するので、ときどき修正する
ことも忘れない。
頭にあるハサミは、よく見るとすり鉢の底にぐっと広げ、斜面の下
端を器用に支えている。だから、このハサミのセンサーで斜面に起
る微妙な変化を感知できるのである。
粒ぞろいの砂がある場所ならともかく、一見、とても陣地が作れそ
うにもない荒地でも、整地作業する。
つまり、粒ぞろいに整地するのだ。

1982年、アメリカの動物学の雑誌に、この陣地構築に関する論
文が出た。題して「アントライオンAnt-lion幼虫の陣地構築に関
するバイオフィジックス」。
この整地作業の際に彼─アリジゴクは、砂の粒を揃えるのに
「風力分級」という作業をする。
「風力分級」というがニュートン域と層流域の中間域が丁度よいの
である。

<風力分級の極意をアリジゴクに学ぶ>など考えてもみなかった。
つまりアリジゴクは整地作業の際に砂を顎の力で刎ね飛ばすのだが
その際に「風力分級」という「物理学」を応用するのである。

いつだったか
むしあつい盛夏の夜
宇治川の堤の上の道を車で走っていた。
水生のウスバカゲロウかトビケラか、彼らの大群が水辺から羽化し
雄と雌がお互いに交尾を求めて「婚姻飛翔」nuptial flightに群飛する。
その群にまき込まれると虫の死骸の油で道路はつるつるになり交通
事故が多発する。

蟻地獄─アリジゴクもウスバカゲロウの一種だが水生の種のような
群飛はしないし、とにかく彼らは孤独なのだ。
だが、彼らは昆虫でありながら二、三年は生きる長命だし「餓え」
には強いのだった。
とにかく彼らは辛抱強い。
獲物がかかるのを、ひたすら待つ。

二、三年は生きながら砂のすり鉢の底に居るから排泄すると巣が汚
れるので彼らは排泄しない。だから肛門がない。
成虫に羽化してから二、三年分の糞を一度に放出するらしい。
巣を汚さない、のついでに書けば、捕えた餌の昆虫などは蜘蛛のよ
うに、口から消化液を注入して半消化にしてから吸い取って吸収する。
吸い尽して空(から)になった虫の体は強い顎で、穴の外へポーンと放り投
げて捨てる。
水生のウスバカゲロウのように群飛して、交尾して、産卵して、二、三時間
で死ぬこともない。二、三週間は生きるらしい。

何も知らなかった少年は
年月を重ねて
女を知り
<修羅>というほどのものではないが
幾星霜かがあって
かの無頼の
石川桂郎の句──《蟻地獄女の髪の掌に剰り》
の世界を多少は判る齢になって
老年を迎えた。

(2009/05/30作)
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この作品は、三井葉子さん主宰の「楽市」66号2009/08/01発行に掲載された。
この詩は、2009/05/26に載せた「私の歌と記事」を下敷きにして「散文詩」として再構成したものである。
「月別アーカイブ」の同日付けを選んで参照されたい。
まだ手を加えて推敲するかも知れないので、ご了承を。

拓かれし州見台てふ仮り庵に愛ぐはし女男の熟睡なるべし・・・・・・・・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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 itii2イチイ実
  
   ──草弥の詩作品<草の領域>─(54)──

  この短歌作品12首は角川書店発行「短歌」誌7月号に編集部依頼原稿として掲載された。
     この号は、本日6月25日を以って全国一斉発売となったので、ここに公開する。

    州見山・・・・・・・・・・・・木村草弥

三香原布當(みかのはらふたぎ)の野辺をさを鹿は嬬(つま)呼びとよむ朝が来にけり

山の端の羅(うすもの)引きて朝日いづ茶畑の丘の緋の朝ぼらけ

あしひきの州見(くにみ)の山ゆ見かへれば朝霧のおぼに流るる泉川

あららぎの丹の実光れる櫟(いち)坂は寧楽(なら)と山城へだつる境

猫と老人めだつ島なるイドラ島エーゲ海の光燦と注ぎぬ

エーゲ海の島の日向に老人が屯しゐたり そんな日が来る

ニッポンの老いびとたちも日がな日がなG(グラウンド)ゴルフの球(たま)と遊べり

いそいそと誰に見しよとの耳飾り身をやつし行く老いの華やぎ

百歳を超すひと三六二七六人祝ふべきかな老人国ニッポン

<死にし人は死もて齢を堰きたる>と言ふを諾(うべな)ふ 青葡萄生(な)る

狩衣(かりぎぬ)の乱るるなへに狛錦(こまにしき)紐解き待てる若草の嬬

拓かれし州見台てふ仮り庵に愛(め)ぐはし女男(めを)の熟睡(うまい)なるべし

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当初は2009/02/08に載せた同名の「州見山・長歌と反歌」を投稿しようとしたのだが、この「12首の企画欄」は「短歌」12首、という制約で編集されているので、不可、と断られたので、改めて短歌作品として作り直して、ここに載せたような歌として再投稿したものである。
なお、この欄に寄稿を依頼されたものは安いが「原稿料」が支払われる。


草弥の詩作品「花吹雪」・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
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メシエ

──草弥の詩作品<草の領域>──(53)

   花吹雪・・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
         ──パイロットインクをずっと使ってた
             あなたに遭えたころのブルーよ
                          上野久雄──


      地下深くエスカレータに下る
      トーキョー駅の奈落の底へ
      トーキョー・ベイの波しぶきも
      ここまでは届かない
      今しがたトーキョー・ベイの
      遊歩道に散る桜吹雪を
      浴びて来たのだった

      球根は地下に育っていた
      庭石の先にクロッカスが咲いた
      花の散る気配ひそけき夜の底ひに
      命あるものの温みに安らいで眠ろう
      老いらくは老ゆらくにして老楽ならず

      よい事ばかりではなかった
      私の中を通り過ぎて行った一人の女(ひと)
      梅はもとより辛夷、沈丁花、花馬酔木
      花の名は一人の女(ひと)に習って覚えた
      めらめらと嫉妬の炎を燃やす女(ひと)ではなかった
      そっと坐っているような穏やかさがいとほしかった

      連翹の花の黄が目に痛い
      それは
      かりそめのまた必然のことであったか

        (2009/03/10作)
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この詩は、西宮市で発行されている詩誌「Messier」33号─2009/6/8 に載るものである。
発行人・香山雅代氏とは、私の詩集『免疫系』を贈呈して以来のお付き合いで、Messier誌を頂いたりしていたが、今年になってから突然電話して来られて長い長い会話をした。そして同誌に作品を投稿するように誘われた。同人になってほしい、との話はお断りしたが。。。。

この号は、もっと早くに出る予定だったが大分おくれて今になった。
四月に出る、ということだったので作品も季節に合わせて「花吹雪」というものにした。
私の作品の場合は、いつでもそうだが、まだ「習作」のもので、今後推敲するかも知れない。     

    
詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)から・・・・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──(草弥作品についての批評)──
 
 詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)から・・・・・木村草弥

詩誌「楽市」65号に載せた私の詩「ヤコブの梯子」について、谷内修三氏が書いてくれた批評については先に紹介したが、それを読んで御礼の手紙と共に『免疫系』を贈呈しておいた。
何も反応がないので彼の批評の網に掛からなかったのかと思っていたら、6月8日付けの記事が載ったので、下記に紹介しておく。極く一部に言及したに過ぎないが、批評してもらっただけで有難い。
 下記の色替り字の部分をクリックすれば「原文」が見られる、お試しあれ。
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  木村草弥『免疫系』(角川書店、2008年10月25日発行)

2009-06-08 12:12:43 | 詩集
 木村草弥『免疫系』は詩集と書かれているが、なかに短歌がある。その短歌がとても美しい。「王道」のなかの4首。


《ながく夢を見つめる者は自(し)が影に似てくる》といふインドの諺

P・ボワデッフル言へり<『王道』は狂ほしきバロックのごとき若書き>

「若い時は死とは何かが判らない」初対面のクロードにペルケン言へり

シレーヌの素肌に夜と昼が棲む、さて、やさしさを縛つてはみたが


 1首のなかにドラマがある。そして、ドラマとは「他人」との出会いである。詩とは異質なものとの出会いという定義があるが、木村にとって「異質」とは「他人」とほとんど同義である。
 「他人」と出会って、出会った二人が動いていく。どう動くかは、詩にとっては重要ではない。ただ動くということ、それだけが重要である。
 「他人」との「出会い」は「免疫」にまでおよぶ。「免疫」を「マクロファジー」という細胞の「出会い」のドラマとして書いている。そのドラマの舞台は「人間の肉体」である。「前立腺」という短歌もあるが、木村自身の「肉体」が体験していることを、ドラマとして観察するという意識があるのかもしれない。人間は「ひとり」であるけれど、その「ひとり」のなかにも「他人」が存在し、その「他人」との対話というドラマが、いつも起きている。そのドラマを、木村は、「他人」を意識することで客観化しようとしている。
 「他人」というのは、「客観」のはじまりなのかもしれない。

 と、ここまで書いてきて、私は木村の短歌を美しいと感じた理由がやっとわかった。
 「王道」で木村は「他人」のことを描いている。「他人」の言ったこと。しかもそれは「他人」が木村にではなく、木村ではないもうひとりの「他人」に言ったことである。(「諺」も日本の諺ではないので、それはほんらい木村に向けられたことばではない。 )
 「他人」が「他人」に言ったことば--それを木村は、まるで詩を読むようにして、読んだ詩の記録のようにして書いている。そこには「客観」を目指す視線がある。自分に埋没してことばを動かすのではなく、「他人」と「他人」のあいだで動いていることばをとおして、自分のなかの「他人」を探しているような感じがする。自分のなかにいる「他人」を探し出し、その「他人」と対話する。それは、自己を「客観化」するきっかけでもある。
 そして、そのとき、木村は、「客観化」をとおして「他人」になる。自己を捨てる。そこに、ほんとうの美しさがある。自己に拘泥しない美しさが。

 たとえば前立腺ガン。肉体のなかの「他人」。それを「免疫」という視点からとらえ直す。「他人」は木村の「肉体」のなかで「生きている」。その「生きている他人」というものを、生き直してみる。「他人」の可能性に「肉体」をあずけてみる。
 自己を捨てる、「他人」に身をまかせる、というのは「死」と同じ意味なのだが、そうすることではじめて見えてくる「知」というものがある。「肉体」が死んで「知」が生きる。そして、その「知」はまた「肉体」のなかの「他人」の「肉体」でもある。
 これは理不尽なドラマであるけれど、そういうドラマが「肉体」のなかにおきる。「肉体」でも「知」でもなく、ほんとうは「ドラマ」を生きている。人間は、それぞれ「ドラマ」を生きている--ということかもしれない。
 この「ドラマ」をはっきり浮かび上がらせるためには、「他人」が絶対必要な存在なのだ。

 ガンの例では、深刻すぎて、木村の描いている「逆転ドラマ(?)」とでも呼ぶべき「肉体」と「知」の交代--他人を生きるということの美しさがわかりにくいかもしれない。
 詩集の冒頭の「一滴一滴も溜めれば」から語りはじめるべきだったのかもしれない。


アンコール遺跡へ行った
「タ・プロム」とか「タ・ケオ」と呼ばれる遺跡がある
カンボジア語では「プロム爺さん」「ケオ爺さん」の意味だ
<この遺跡はいまたしかに崩壊の危機にある>
と石沢良昭先生は言う

石の遺跡の上で枯葉が腐葉土となり
そこに植物の種が落ち 芽を出してゆく
やがて成長した樹木は石の隙間に根を張り
石を動かし 石の上に無数の葉を散らし
再び腐葉土を生産する
その繰り返しによって石の寺院は
少しずつ蝕まれ 崩れてゆくのだ

プロム爺さんは
毎朝 箒で落葉を掃き 下生えを切り払い
堂守の役目をつとめる
いつしか人々は御堂を「タ・プロム」と言うようになった

カンボジアの諺に言う
「一滴一滴も溜めれば筒一杯になる」
仏教徒であるプロム爺さんは そうして
涅槃への道のりを辿ってゆくのだ


 腐葉土、樹木は石の遺跡にとっての「他人」。「ガン細胞」。それはやがて遺跡そのものを乗っ取るだろう。これが第1のドラマ。
 そして、そいうことを知っている「もうひとり他人」が登場する。「タ・プロム」「プロム爺さん」。彼は、いまでは御堂の名前になっている。それは、まったく新しい「いのち」の誕生である。いのちの誕生とは、たぶん意識されないものかもしれないけれど、いま、ここに生きているいのちであり、御堂にとっては「他人」であるにもかかわらず、いまでは御堂そのものになっている。名前になっている。これが第2のドラマ。ほんとうのドラマ。
 この第2のドラマは「認識のドラマ」でもある。そして「認識のドラマ」とは「ことばのドラマ」でもある。
 こういう「認識」の動きは、認識のドラマは人間にも起きている。
 ガン。「肉体」のなかの「他人」。その「他人」を排除しようとする「免疫」。「肉体」は「免疫」だけでできているわけではないが、肉体のなかに起きている癌細胞と他の細胞のドラマを見ていると、肉体とは「免疫系」であると呼ぶことができる。
 人間を免疫系でとらえる「学問」がある。その学問にとっては、人間とは「免疫」そのものである。御堂が肉体。プロム爺さんが免疫の働き。御堂がプロム爺さんと呼ばれるように、肉体が免疫系と呼ばれるのだ。
 これは理不尽なことだろうか。
 木村は、美しい変化と思っているだと思う。「認識」として確立された時、そのドラマはドラマ自体として美しい。ドラマのなかに昇華されていく変化を美しいと感じて書いているから、そのこことばが美しいのだと、私は思う。

 ガンと免疫の戦い、そしてその結果としての肉体の変化--それが美しいかどうかは難しい問題だが、そこに起きていることを客観化できるということばの力、「認識の力」、「認識のドラマ」そのものは美しい。美しいとは、信頼できる、という意味でもある。信頼できるとは、それを繰り返すことができるということでもある。

 短歌に戻る。「王道」の4首。そこに書かれていることがらは、どの「他人」にとって有益(?)なのかわからない。だれが「肉体」で、だれが「ガン」なのかわからない。また「免疫」がどういうものであるかもわからない。けれど、その「他人」同士の出会いの瞬間にドラマが動きはじめていることがわかる。そういう動きの瞬間を予感させて動くことばが美しい。そういう動きを客観化することばの力が美しいのだ。そこに書かれていることば、その動きは、「時」を超えて、いまも、そして将来もつづくのだ。普遍のドラマに触れているから、そのことばは美しい。そして普遍のドラマの普遍は、いつも「認識」のなかにおきるドラマなのだ。
 
草弥の詩作品「ヤコブの梯子」・・・・・・・・・・・・木村草弥
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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草弥の詩作品<草の領域>──(52)

    ヤコブの梯子(はしご)・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

 或る日。
外がやかましいので出てみると
地上から一本の軌道が
エレベータを載せて
天上の宇宙静止軌道の宇宙ステーションまで
伸びていた

それは
まるで「ジャックの豆の木」のように
亭々と立っていた
上の端は雲にかかって
よくは見えない高さだった。

──────────────────────
彼─ヤコブは夢を見た。
見よ。
一つの梯子(はしご)が地に向けて立てられている。
その頂(いただき)は天に届き、見よ、
神の使いたちが、その梯子を
上り下りしている。

 (旧約聖書・創世記28章12節)
──────────────────────

 或る朝。
お釈迦さまが極楽を歩いていた時に、
蓮池から遥か下の地獄を ふと覗くと
罪人の犍陀多(カンダタ)が居た。
カンダタは生前さまざまの悪事の報いで地獄に
落されていたのだが、小さな蜘蛛を助けたことがあった。
そこで お釈迦さまは地獄の底のカンダタを極楽への
道へ案内するために、一本の蜘蛛の糸を
カンダタに下ろす。
カンダタは極楽から伸びる蜘蛛の糸を見て喜び、
これで地獄から脱出できると思った。
そして 細い蜘蛛の糸を伝って何万里もある距離を
上り始めた。
ところが糸を伝って上る途中で、ふと下を見ると
数限りない地獄の罪人たちが自分の下から続いて来る。
このままでは細い蜘蛛の糸は重みで切れて落ちてしまう。
カンダタは「この蜘蛛の糸は俺のものだ。お前たちは
一体誰に聞いて上ってきた。下りろ、下りろ」と喚く。
自分だけ地獄から抜け出そうとするカンダタの
無慈悲な心がお釈迦さまには浅ましく思えたのか、
次の瞬間、蜘蛛の糸はカンダタのぶらさがっている所から
ぷつりと切れて愚かなカンダタは再び地獄に落ちてしまった。
 芥川龍之介の見た夢の出来事である。

軌道エレベータの着想は
宇宙旅行の父─コンスタンチン・ツィオルコフスキーが
1895年に、すでに自著の中で記述している。

静止軌道上の人工衛星から地上に達するチューブを垂らし
そのケーブルを伝って昇降することで地上と宇宙を往復するのだ。
全体の遠心力が重力を上回るように、反対側にも
ケーブルを伸ばして上端とする。
軌道エレベータを建設するために必要な強度を持つ
カーボンナノチューブが発見されたことにより実現したのだった。

 或る日。
大きな宇宙ゴミ(スペースデブリ)が
軌道エレベータに衝突して
ケーブルが切断され
何百人もの人が死んだ。
切断されたケーブルは、まだ修復が済んでいない。

(2009/01/14作)
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初めての記事である。所属しているDoblogがデータベースサーバのハードディスクに障害を起して復旧に時間がかかるというので、どうしようもなく、複数の予備サイトとして立ち上げるものである。
ここのシステムに慣れていないので、うまくアップできるか心もとないが、FC2の皆さん、よろしく。
私にとってFC2は、まんざら縁がないわけではなく、私のWebのHP「木村草弥の詩と旅のページ<風景のコスモロジー>」はFC2にお世話になっているからである。

掲出の画像は、NASAによる軌道エレベータの想像図である。
軌道エレベータについては←リンクに貼ったWikipediaが詳しい。
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(4月2日追記)
この詩『ヤコブの梯子』を、三井葉子さん主宰の季刊誌『楽市』に投稿しておいたら、このたび
4月1日発行の『楽市』65号に掲載されて、4月2日に届いた。

楽市

あいにく誤植があって、はじめから5行目の「天上」が「天井」になっている。これは完全な「変換」ミスだが、仕方ないかと思う。
「合評会」が五月下旬に大阪であるというが、どうするか、まだ未定である。
まあ、こういう具合に詩人たちとの新しい交友が始まるのも、悪くはない。
以上、ご報告まで。
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(4月19日追記)
三井葉子さんから連絡があって、私の詩が「谷内修三の読書日記」4/12付けに採り上げられているというので、さっそく検索してみた。
以下は、当該部分のコピーである。
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木村草弥「ヤコブの梯子(はしご)」ほか
2009-04-12 09:54:13 | 詩(雑誌・同人誌)木村草弥「ヤコブの梯子(はしご)」、渡辺兼直「達磨 暁(キョウ)斎の眼力を睨む」、三井葉子「からす」ほか(「楽市」65、2009年04月01日発行)

 木村草弥「ヤコブの梯子(はしご)」はさまざまな「語り直し」である。


 或る日。
外がやかましいので出てみると
地上から一本の軌道が
エレベータを載せて
天上の宇宙静止軌道の宇宙ステーションまで
伸びていた

それは
まるで「ジャックの豆の木」のように
亭々と立っていた
上の端は雲にかかって
よくは見えない高さだった。


 このあと、「聖書」から「ヤコブの梯子」が引用され、つづいて芥川龍之介「蜘蛛の糸」が要約される。さらにつづいて、


軌道エレベータの着想は
宇宙旅行の父-コンスタンチン・ツィオルコフスキーが
1895年に、すでに自著の中で記述している。

静止軌道の人工衛星から地上に達するチューブを垂らし
そのケーブルを伝って昇降することで地上と宇宙を往復するのだ。
全体の遠心力が重力を上回るように、反対側にも
ケーブルをのばして上端とする。
軌道エレベータを建設するために必要な強度を持つ
カーボンナノチューブが発見されたことにより実現したのだった。


 「夢」を、コンスタンチン・ツィオルコフスキーの夢が「スペースシャトル」という形で実現に近づいているいま、その彼の夢と重なり合うものを、「ジャックと豆の木」「聖書」「蜘蛛の糸」と重ねてみる。
 そうすると、そこに、人間の想像力の不思議さが見えてくる。
 ひとは、どれだけ突飛なこと(?)を考えようと、どこかでつながっている。なぜ、ひとは、そんなふうにして重なり合うのか。
 そのことを木村は、「解説」しようとはしない。そこが、おもしろい。
 木村は「解説」のかわりに、「重ね合わせ」をていねいにやる。人間のことばは、常に、誰かの語ったことばの語り直しであるということを知っている。語り直す時、そこはなんらかの個人の思い、体験がしのびこみ、ずれができるのだが、そのずれの存在が逆に、離れているものを引き寄せる。ずれているから重ならないのではなく、ずれているから重なっている部分があることがわかる。ずれが増えるたびに、重なり合う部分もまた増えるのである。(注・下線部は草弥)
 私は不勉強なので木村の詩を読むのははじめてなのだが(だと思う)、とてもていねいな思索をもとにことばを動かしていく詩人なのだと思った。新しい哲学を作り上げるというよりも、すでに語られた哲学を、ていねいに自分自身のものに消化して、ことばを鍛える詩人なのだと思った。

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私の詩に関する部分のみ引用した。
的確な評をいただき感謝申し上げる。
こういう的を射たコメントを貰うと、作者冥利に尽きる。
余談だが、ネット上に載る記事によると、谷内修三氏は「読売新聞西部本社編成部」に所属されているようである。詩集があちこちから送られて来るようで、それらの詩集などを読み込んで、毎日、精力的にブログに記事を書いておられる。
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これも三井葉子さんからの連絡によるのだが、「楽市」に載った私の詩をご覧になった「杉山平一」氏から「若き日の詩集」(自注)という、アンソロジーに載った文章のコピーと手紙を託された。
そのコピーの全文を下記に貼り付けておく。

  秋晴・・・・・・・・杉山平一

 夏の日 綺麗な麦藁帽子(かんかん)をかむつて 詩よ
 きみはやつて来た 僕達は色々話をした
やがて別れる時が来た 忽ちきみは透明なエ
スカレエタアに乗つて麦藁帽子を銀色にふ
り乍らゆるゆるゆるゆる青空にのぼつて行
つた

 この秋の日 僕もきみのエスカレエタアを
踏みあてたやうな気がする 見上げる紺青の
深みに 動きも見えぬ程たかくたかく飛行機

が一台 ちひさな十字架のやうであつた ゆ
るゆる登つて行つてきみに逢へさうだ 僕の
全身を支へてゐる血管の枝々は 一枚一枚葉
を散し乍ら 一斉に青空へもつれる梢とな
りつつあつた
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 若き日の詩集/(自注)

この「秋晴」という作品を取上げたのは忘れない思出があるからである。
私が「四季」に投稿していたとき、すでに同人扱いになっていた立原道造さんが、
同じ学年の大学生と知って驚き、やがて「四季」の集りで知り合い、同じ美学の
講義にくるようになり親しくなったある日、一しょに歩いていると「きみ、この間の詩
よかったね」といい、つづけて、「あの梯子で天へ昇ってゆくやつ」といってくれた。
私は彼に畏敬に近い感じをもっていただけに、大変うれしかった。
エスカレーターと気どっているのに梯子といったのも、ヤコブの梯子を思わせて負けた
と思った。当時、神戸の三の宮の駅に阪急電鉄が長いエスカレーターをつけたのに
感激して使ったのだった。
空たかく飛行機が十字架のように見えたのも感激だったが、立原さんにほめられたのが、
忘れられない思出である。
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私のような無名の人間の詩だから、普通なら無視されるところを、有名な詩人である三井葉子さんの主宰誌である「楽市」に載せてもらった縁で、関西詩壇の重鎮である杉山平一氏から詩のコピーと手紙をいただき感謝して、御礼申し上げる。

テーマ:詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など - ジャンル:学問・文化・芸術

草弥の詩作品・・・「州見山」・長歌と反歌・・・・・・・木村草弥
初出・Doblog2008/09/02
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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itii2イチイ実

──草弥の詩作品『草の領域』──(51)
 
  州見山・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

   長歌   あららぎの丹の実光れる州見山

三香原(みかのはら) 布當(ふたぎ)の野辺を さを鹿は嬬(つま)呼びとよむ。

山みれば山裳(やまも)みがほし、里みれば里裳(さとも)住みよし。

櫟坂(いちさか)を登りいゆけば 山城(やましろ)と寧楽(なら)の境に、

あららぎの丹(に)の実光れる 州見山(くにみやま)。

天地(あめつち)の依り合ふ限(きは)み 春草を馬食ひをらむ州見山。

あしひきの州見の山ゆ 見かへれば朝霧のおぼに流るる泉河(いづみがは)。

青丹よし寧楽の都に木材(きだち)運ぶと、木の津なる浜辺に見ゆる大船の ゆくらゆくらと。

陽炎のあるかなきかの、春霞たつ つぎねふ山城。

夏草の繁き勢(きほ)ひの 幣(みてぐら)を寧楽に。

秋草に結ぶさ露のしろしろと、天つ水仰ぎて待たむ。

石(いは)走る垂水も凍(い)てて 羽交ひの鴨に雪は零(ふ)りつつ。

古への賢(さか)しき人の 天雲(あまぐも)のたどきも知らず

 ししくしろ熟睡(うまい)に落つるぬばたまの妹(いも)。

狩衣(かりぎぬ)の乱るるなへに狛錦(こまにしき)紐解きまけて 

はねず色の移ろひやすき若草の嬬。

   反歌

拓かれし州見台てふ仮り庵(いほ)に愛(め)ぐはし 女男(めを)の熟睡なるべし
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(2008年9月1日 作)(まだ習作で推敲することがあります)

「州見山」というのは京都府最南端の奈良県との境にある小高い山。
この名をとどめているからには、昔は京都(山城)盆地と奈良盆地を240度くらい見晴らせる丘であったろう。
一角には古墳も見つかり、今は古墳公園として保存されている。
「木の津」という泉川(木津川、古くは山背川とも表記した)の浜辺に着いた木材を陸に引き上げて荷車で奈良の都造営に運んだという歴史的考証もある。「木津」という地名は、これに由来する。
例えば、琵琶湖の東岸の材木を伐り出して瀬田川、宇治川、木津川を経て「木津」の浜に陸揚げしたという考証がある。そのために琵琶湖東岸の辺りの山は、禿山になったという。
「三香原」「布當」の地名は、束の間の宮都であった「恭仁京」を取り巻く辺りで、字の表記は時代とともに変遷がある。
この作品は、いわゆる「万葉」調の調べを習作してみた。国語辞典を調べてもらえば判るが「枕詞」を多用してみた。音数律は五、七を基本として繰り返す、流れるような、うねるような感じを模索した。古語も駆使してあるので、意味の面から読もうとするのではなく、音読の面白さを追及してもらいたい。
この地は今、関西学術研究都市の一角として、行政的には昨年発足した京都府「木津川市」であるが、「州見台」1丁目~8丁目にわたる計画的な住区と研究機関との調和を図った。さらに東には古い地名である「梅谷」から名前を取った「梅美台」数丁目も開発され、それらを合わせて、完成すれば住民数一万数千の、広い庭を持つ、高級住宅地となるはずである。戸建だけでなく、住民の層を多層化すべくマンション、アパートも多く建てられている。老齢化に備えて老健施設や老人ホーム、各種診療科の医院も多くある。
小学校2校は、すでに開校し、来春には中学校も、この一角に開校する予定である。
大きなショッピングセンターも、住宅の構成を崩さないように一番西端の道路沿いに開かれ、スーパー、コンビニも数箇所あり、生活の利便性も確保されつつある。
バスも奈良交通が路線を敷き、近鉄奈良駅、高の原駅に直結していて便利である。バスはICカードの「PITAPA」「ICOCA」が使えるので小銭要らずでワンタッチ。
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178333491アララギ実

掲出した写真①②とも「あららぎ」「イチイ」「櫟」「一位」とさまざまに呼ばれる、この木の実である。 ②は接写。
下記にネット上に載る記事を引いておく。

イチイ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

イチイ(一位、櫟、学名Taxus cuspidata)
イチイ科イチイ属の植物。またはイチイ属の植物の総称。常緑針葉樹。別名をアララギ。
北海道ではアイヌ語由来のオンコと呼ばれる。

同属にヨーロッパイチイ(T. baccata)があるが、本稿においては特に注記しない限りは日本に生息するイチイ(T. cuspidata)についての説明である。

分布
日本では北海道から九州にかけて山地に自生する。特に東北から北海道までの寒冷地帯に群生する。庭木としては一般的で沖縄を除いた日本全国で見られる。

特徴
イチイ(Taxus cuspidata)は果実雌雄異株で、高さ20mほどの高木になるが成長は遅い。樹型は円錐形になる。幹の直径は50-100cmほどになり、樹皮には縦に割れ目が走る。

葉は濃緑色で、線形をし、先端は尖っているが柔らかく触ってもそれほど痛くない。枝に二列に並び、先端では螺旋状につく。

4月ごろ小形の花をつけ、初秋に赤い実をつける。種子は球形で、杯状で赤い多汁質の仮種皮の内側におさまっている。外から見れば、赤い湯飲みの中に丸い種が入っているような感じである。 果肉は甘いが、種は苦く、アルカロイドの一種が含まれ、有毒。

用途
耐陰性、耐寒性があり刈り込みにもよく耐えるため、日本では中部地方以北の地域で庭木や生垣に利用される。東北北部と北海道ではサカキ、ヒサカキを産しなかったため、サカキ、ヒサカキの代わりに玉串など神事に用いられ、神社の境内に植えられる。
木材としては年輪の幅が狭く緻密で狂いが生じにくく加工しやすい、光沢があって美しいという特徴をもつ。工芸品や机の天板、天井板、箸、鉛筆材として用いられ、岐阜県飛騨地方の一位一刀彫が知られる。

日本(一説には仁徳天皇の時代)では高官の用いる笏を造るのにこの木が使われた。和名のイチイ(一位)はこれに由来するという説もある。

果実は甘く、そのまま食用にしたり、焼酎漬けにして果実酒が作られる。しかし種子にはタキシン(taxine)という有毒のアルカロイドが含まれている。種子を誤って飲み込むと中毒を起こし、量によってはけいれんを起こし、呼吸困難で死亡することがあるため注意が必要である。イチイのタキシンは果肉を除く葉や植物全体に含まれる。

葉はかつて糖尿病の民間薬としての利用例があるが、薬効についての根拠はなく、種子と同様有毒であるために絶対に服用してはならない。
心材が赤い為、赤色の染料にも用いられる。

雑学
ル=グウィン著の「ゲド戦記」で、当初ハイタカが愛用していた杖は「イチイの木」でできた杖であった。同書では、イチイの木は人を叩いても、傷つけない特殊な木として扱われている。

地方公共団体の木に指定している自治体
岐阜県

市町村の木に指定している自治体
北海道 - 恵庭市、北見市、函館市、富良野市、今金町、小平町、中川町、当麻町、東神楽町、美幌町、むかわ町、由仁町、西興部村、奥尻町
青森県 - 八戸市、五戸町
岩手県 - 遠野市
山梨県 - 忍野村、山中湖村
長野県 - 上田市、岡谷市、塩尻市、飯島町、御代田町、高山村、山形村
岐阜県 - 高山市
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■私の友人の崎川宗伯君の話によると、彼の住む城陽市「市辺」は「いちのべ」と読むが、昔は「櫟野辺」とも書いたらしい。念のため『京都府地名大辞典』(角川書店)の「地名編」に当たってみると、確かに、そのように出ている。そして「地名の由来は、当地付近に櫟樹が繁茂していたことに由来するという」と書かれている。
これらを見ると、昔(と言っても古代のことであろうか)は、山城の地にも「イチイ」の木がかなりあったらしいことが判る。
■「州見山」については、崇神天皇10年に大毘古命が「山代ノ国ヲ見ルニ宣シ」と述べたところから、その名の生れたという国見山(105m)、という記述があるので、この山の歴史も古いことになる。
■「櫟坂」については、今の地名は「市坂」というが、「一ノ坂」と書かれた時期があるようである。「古事記」崇神天皇条に「山城之幣羅坂」、「日本書紀」にも「山代平坂」の記述があり、これが古名か、と書かれている。
とにかく古い地名であり、古代から州見山の麓を通って山代国から大和国に通ずる街道が通っていたのである。
草弥の詩作品「草の領域」⑤・・・・・・木村草弥(Doblogから転載)
ここに転載した「草弥の詩作品」の大かたは
最新刊の詩集『免疫系』(2008/10角川書店刊)に収録して出版した。
うち幾つかは都合で載せなかった。
これらの詩一篇ごとに「写真」を付加したが
それらも転載に当たっては省略してある。
もし必要と判断したら後日付加するかも知れない。
作品には作詩日付が入れてあるが①が古く⑤が新しい。


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   草弥の詩作品<草の領域>
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──草弥の詩作品「草の領域」──(50) 

   明 星 の ・・・・・・・・・・・・・・艸木茂生
      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・角川書店『短歌』2008年2月号掲載

けふ一と日誰とも言葉交はさざりき初夏のゆふべを小綬鶏の鳴く

      ──聞きなしと覚えて亡嬬の呟くとや──
ちよつと来いちよつと来いとぞ宣(のたま)へど主(ぬし)の姿が見えませぬぞえ

哀しみとポテトチップスと比べつつしあはせ計れば鳴る赤ケトル

      ──四国遍路、同行三人──
渦潮を見つつ辿れる海道は落花しきりの鳴戸の春ぞ

さまざまの過去を抱きて来し人ら菜の花の黄に鈴鳴らしゆく

鎮魂の念(おも)ひやまずも南(みんなみ)の里べの土を踏みて歩めば

吾(あ)と共に残る日生きむと言ひ呉るる人よ、同行二人に加へ

      ──最御崎寺・室戸東寺──
最御崎(ほつみさき)いづれば虚空に風立ちて御厨人窟(みくろど)といふ洞の見えつつ

<明星(あかぼし)の出でぬる方の東(ひがし)寺>などて迷ひを抱きませうぞ

     ──金剛頂寺・室戸西寺──
薬師(くすし)なる本尊いまし往生は<月の傾く西(にし)寺の空>

 <甘谷の水は菊水「菊慈童」の七百歳のいのちこそ憶へ>──草弥

人倫の通はぬ処、狐狼野千の住み処(か)とぞいふ菊咲く処

蜜壺にあふるるものに口つけて陶然とすれば菊慈童めき

                      ──花言葉によせて──
赤まんま路傍にひそと咲きながら「あなたの役に立ちたい」といふ

紫の斑も賑はしく咲きいづる杜鵑草(ほととぎす)それは「永遠にあなたのもの」

(2008.01.25作)
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2007/11/02のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(49)

  う つ し み は・・・・・・・・・・木村草弥

うつしみははかなく消えて失せにけり肉(しし)の記憶もおぼろとなりて

    <夢うつつに希ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ──草弥>
亡き妻が譫言(うはごと)に希(ねが)ひし三女の子生れいでたり梅雨の半ばを

亡き妻の<生れ変り>と言はれをり生殖年齢ぎりぎりの男孫

流産あまた前置胎盤逆子など乗り越えて帝王切開に生まる

              ──廣貴ひろきと名づけらる──
三番目の孫とし言ひていとけなし二十年の歳月われを老いしむ

(2007/07/25作)
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この作品は角川書店『短歌年鑑』平成20年版の「自選作品集」5首に掲載された。
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2007/02/11のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(48)

  月待ちの夜に the third quarte・・・・・・木村草弥                            
       ・・・・・・・・或る水瓶座の2月11日生まれの女(ひと)に・・・・・・

<弓張月>──月齢二十三日の月
───夜更けて真夜中に二十三夜月が出て来た
 おお!下弦の弓張月よ!
 the third quarter!

早寝が習慣のあの女(ひと)が
真夜の月待ちの行事をしようと起きている
二十三夜───月待ちをして
この月に願いごとをすると叶うと言われている
この夜更けの月を崇めるという古い言い伝え
───月待ち信仰と言われた。
古くは十六世紀、京の公家に見られた
───二十三夜待ち。
女たちの集いであった。

しんしんと冷える真夜
おお!下弦の弓張月よ!
the third quarter!
あなたは何を願いごとするのか
───月待ちの夜に。
<弓張月>に弦を張って、
矢をつがえて、
この夜更けの月に願いを托すという───
水瓶座のいとしい女(ひと)よ!
いのちを愛(お)しめよ
才(ざえ)高く いとしい女(ひと)よ!
<弓張月>が
しろじろとあなたを映し出している。

しんしんと冷える真夜
おお!下弦の弓張月よ!
the third quarter!
あなたは何を願いごとするのか
───月待ちの夜に。

明け方───
下弦の月が
まだ西の空に残っていた。
 (2007.02.11作)
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「詩」を解説するほど野暮ではないが、「下弦の月」「二十三夜」「弓張月」などのについて少し補足しておきたい。
ご承知のように旧暦──陰暦は「月」を基準に成り立っているから、ほぼ29日で一ヶ月とされている。だから太陽の運行とに毎月ズレが生じる。そのズレは「閏月」を挿入することで調整されるが、このために今我々が生活する太陽暦との間にひどい時は一ヶ月ほどのズレが生じる。
①たとえば、昨年の2月11日は<月齢14日・待宵月>だった。それが今年は<月齢23日・弓張月>という具合である。
②つぎに、月の満ち欠けのことである。
月は「新月」の無明のときから、だんだん満ちて行って「上弦」の月から「満月」になり、まただんだん欠けて行って「下弦」の月になり、新月の状態に移ってゆく。
上弦、下弦という月の呼び方、見方だが、月の形の丸い外周部を「弓の弧」と見立て、その弧に渡した「弦」の見える位置によって上弦、下弦という。新月から満月に至る途中の月は「上弦」の月。満月から欠け始めてゆく途中が「下弦」の月であるが、この上弦、下弦というのは「月が西の空に沈むときの形」でいうのである。つまり「下弦」の月であれば、西の空に沈むときの形が「弦が下に来る」形なのである。このことが、よく誤解されるので、ご注意を。
③月には、月齢によって「呼び名」がつけられている。
「三日月」というのは、月齢3であるし、「待宵月」は月齢14であるというようなことになる。「弓張月」などの下弦の月は夜おそく月の出となるので、朝になっても西の空に残っていたり、中空に昼間もあることもある。
朝になっても沈まず西の空に残っている月を「残月」「有明の月」などと表現する。つまり「見える時間帯」を表わしているのである。昔は暦も月を基準した陰暦であるし、太陽よりも月をめぐって生活が廻っていたと言える。
今でも「海の潮の干満」や「農作業の播種」などは陰暦でやった方がぴったり来るのである。
④英語では「下弦の月」を The Last Quarter という。その中でも「二十三夜」辺りを The Third Quarter というようである。
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4月12日朝7時、快晴。掲出した写真そっくりの「弓張月」が、まだ中天に白く残っていた。
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2006/09/25のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(47)

・・・・・・・・・・・・・・この作品は角川書店月刊誌「短歌」2006年
・・・・・・・・・・・・・・10月号(9/25発売)に編集部の依頼原稿
・・・・・・・・・・・・・・として発表したものである。この作品は私と
・・・・・・・・・・・・・・妻のプライバシーに濃密に触れるものなので、
・・・・・・・・・・・・・・まだ一般には知られていない「艸木茂生」の
・・・・・・・・・・・・・・ペンネームで発表した。

   幽 明・・・・・・・・・・・・・・・・艸木茂生

 <母の死は十三年前の四月十二日、妻の死は四月十五日>
桜ちる頃に死にたる母と妻、お供にと母が連れたまひけむ

「一切の治療は止めて、死んでもいい」と娘(こ)に訴へしは死の三日前

好みたる「渡る世間は鬼ばかり」観てゐたりしは半月前か

吾(あ)と娘の看取りに違ひあると言ひ「娘は本を読み聞かせてくれる」

 <園芸先進国オランダの東インド会社にインターネットで発注した>
誕生日三月五日にと空輸されし薔薇シャンペン・ゴールド見分け得ぬ 哀(かな)し

夢うつつに希(ねが)ふ心理のもたらすか幻の孫の血液型を言ふ

 <若い頃には聖歌隊に居て、コーラスや音楽をこよなく愛した妻だが>
夏川りみの「心つたえ」の唄ながすCDかけたれど「雑音」だといふ

 <オキシコンチン、モルヒネ鎮痛薬なれど所詮は麻薬>
訴ふる痛みに処方されし麻薬 末期(まつご)の妻には効き過ぎたらむ

たやすくは人は死ねざり赤だしのごときを妻は吐きつづけ 果つ

とことはに幽明を分くる現(うつ)し身と思へば悲し ま寂(さび)しく悲し

助からぬ病と知りてゐたれども死なれてみればわれは孤(ひと)りよ 

<昨年春の私の前立腺ガン放射線治療は成功したやうだ>
私の三カ月ごとの診察日「京大」と日記にメモせり 妻は

<朝立ち>を告ぐれば「それはおめでたう」何がおめでたいだ 今は虚しく

<男性性>復活したる我ながら掻き抱くべき妻亡く あはれ

(2006/09/25作)
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2006/04/13のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(46)

   束の間の濃密な時間・・・・・・・・・・・木村草弥

めっきり口数の少なくなった弥生だが
それでも四六時中病室に二人きりで居るわけだから
夢と現(うつつ)とりまぜた いろんなお話をする。

数日前まで経口で摂れていた食事が
全部吐いてしまって
結局それは軽い腸閉塞だということで
今は水を飲んでも
げぼっと うす緑色の胆汁を吐き出す始末───
本人はアイスクリームを食べさせろだの
氷水が欲しいだのと
いろいろ のたまうのだが
吐けば苦しいし
泣く泣く摂取を制限するようになる
堪(こら)えておくれよなと言いながら
心を鬼にして弥生の欲求を抑える辛さ───。

夢と現(うつつ)の識閾のはざまで
突然 「もうお豆が煮えたよ」
とか夜中の11時半に言ったりする
いっときは酸素吸入器のぶくぶくする気泡が
ガスコンロの炎のように見えて怖がったりして
「ガスを切って」とか言ったものだ
苦肉の策で 私が酸素吸入器の気泡が見えないように
紙で覆って隠したりした。

弥生の夢の彷徨は
とっ拍子もない方向に飛ぶので
想像力を逞しくしていないと付いてゆけない
とっ拍子もない夢の中の話だから
頭から否定しても駄目で
夢の彷徨につきあいながら 相槌を打ちながら
私も弥生の夢の中の会話に加わる。

約五十年も一緒に暮らして来て
二人きりの濃密な時間が
こんな病室という空間の中で
生まれるとは想像もしなかった
───これも 私の生の余生の時間として
大切にしなければと思いながら───。

めっきり口数の少なくなった弥生だが
それでも四六時中病室に二人きりで居るわけだから
夢と現(うつつ)とりまぜた いろんなお話をする。

(2006.04.13作)
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──草弥の詩作品『草の領域』──(45)

  散文詩・それでも春には希望を抱き・・・・・・・・木村草弥

春は、生命の本質である「揺らぎ」が全てのものの上にあらわになる季節だ。
かつて、地球全体が厚い氷に覆われた「スノーボールアイス」の時期を経て、
その「雪融け」とともに起きた6億年前の生物種の急激な同時爆発───
<カンブリア爆発>こそ、地球上の生物にとっての「巨大な春」であった。
所詮、私たちもまた物質であるから、物質であればこそ、春来たれば、
自らの身体の中にある無数の化学物質のエネルギーの準安定状態からの
逸脱の予感が、生きるものの胸をかきむしる。
───それが<春>だ。
太古の「巨大な春」の記憶が、奥深くしかし確実な形で潜んでいる。
その太古の記憶に一年ごとの「小さな春」が積み重なり、私たちの脳の皺の
中の神経細胞の結合様式として、また再び「春」が書き加えられる。
───スケール不変のフラクタルな枝分かれの中に揺れ動く<微少項>に
過ぎない我ら!
確固として永続的な存在に見える世界は、実はいかに儚く、もろいもので
あろう。
春は、確かに麗しく、そして喜ばしい時ではある。
桜の花が散り、新しい生活が始まり、恋の訪れる季節は、しかし同時に、
この世界の中の「揺らぎ」が、私たちの生命を支えると同時に、それを破壊
さえしかねないものであるという厳粛な事実を思い起こさせもする。
生命活動を行なうことが、同時に心地よい安定性からの逸脱でしかあり得ない
形で生を享けた「私」という存在のぴりぴりとした緊張感と共に、私たちは
毎年<春>に向き合う。
<春>は、あるいは<春的な>ものは、目を閉じればいつでもそこに立ち現れる、
私たちの観念世界の中の何物かである。
インターネットや携帯電話というIT(情報技術)によって私たちの存在が、その芯
まで串刺しにされてしまいそうな今───。
「巨大な春」から「小さな春」まで、「私」という頼りない存在の誕生から、
その死まで───。
生命作用を支える<揺らぎ>=<抽象化、普遍化された春>を呼び起こせる
ようにしておくこと。
季節感の本質が、生命を支える<揺らぎ>の安定性と不安定性の間の
ダブルバインドな危うい軌跡の上にあるとすれば、そのような生命の本質から
離れた方向にITが人間を陳腐化させてしまうことを、恐れよう。

それでも春には希望を抱き───。

(2006.04.12作)
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掲出した図版は彦根の井伊家に伝わる能の「菊慈童」の面である。
ご承知のように「菊慈童」という中国の説話の人物は七百歳の命を持った、と言われている。
このように古来、人類は「命」の「永遠」と「刹那」という観念のはざまで揺れ動いて来たのだった。
そういう意味で、この私の「詩」にふさわしいと思って、この能面を掲げた。
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2006/03/28のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(44)

  飢餓の子のように痩せて・・・・・・・・・・・木村草弥

弥生の痩せが目立つ
さながら <アフリカの飢餓の子>のように痩せて───。
手も 二の腕も 脚も
顔も
骨が皮膚の下に張りついている

弥生の痩せが目立つ
<苦行する釈迦>の像のように
あばら骨が胸の皮膚の下に張りついている

cancerが物すごい速度で増殖して
弥生の体の筋肉を げっそりと食い尽してしまった

パジャマを着替えさせるとき
袖に手と腕を通させるとき
今にも折れそうな細さで 痛々しい

弥生の痩せが目立つ
さながら<アフリカの飢餓の子>のように痩せて───。

(2006.03.28作)
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2006/03/16のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(43)

   銭湯とめし屋と洗濯と・・・・・・・・・・・木村草弥

病室の妻に張りついて
泊り込む毎日で
入浴と食事と洗濯とが
目下の私の最大の関心事だ。

「銭湯」なんて何十年ぶりだろう。
H温泉という風呂屋が300メートルばかりのところにある。
次女がインターネットで見つけて地図をプリントアウトして持ってきてくれた。
誰かの<神田川>という古い曲が思い浮かぶ。
銭湯でも今はジャグジーと電気風呂とサウナがある。
電気風呂とサウナは苦手だが
ジャグジーの泡は疲れを吹きとばしてくれる。
金370円也が入浴料金である。
H温泉と言っても<温泉>ではない。

お湯に入ってさっぱりしたところで
帰途に京××食堂という「めし屋」に立ち寄って夕食を摂る。
昨年11月かにオープンしたばかりの店で
入り口でお盆トレーを取って
カウンターに並ぶ数十種類の<おかず>を選んでトレーに乗せて次に進む。
<かきフライ>238円<あじフライ>84円<南京煮>105円<いか大根>158円
<もやし炒め>158円<にんにく芽炒め>158円などなど。
<まぐろ刺身>は315円もするので食べない。
<じゃこおろし>105円<おくら>105円<もずく酢>105円などなど。
カウンターの切れたところで<めし中盛り>137円<みそ汁>84円<とん汁>137円
と進んだところでレジがあり
トレーの上のものをざっと見渡して
ハイ、675円です、てなもんだ。
外食の偏食がちを防ぐのには丁度いい献立を選べるようになっている。
席は50席ほど。昼飯と晩飯のときは席が完全にふさがる。
───コンビニで買っておいた<淡麗但馬の鬼ころし>辛口200ml─105円を湯呑に移して
ぐびぐび飲みながら。

病院の屋上に自動洗濯機と乾燥機が3台づつ並んでいる。
洗濯機は1回100円で30分余。
──妻のパジャマや清拭に使ったタオルやタオルケットなど。
私の下着と靴下など。
洗濯の合間に眺める屋上からは
北に比叡連峰
西に京の西山につづく山並みのとぎれるところに淀川の山崎辺りと
生駒連峰の北端に洞ヶ峠のくびれが見える。
天気の良いときには屋上の物干しロープに洗い物を干すが
天気の悪いときは乾燥機に洗い物を入れる。
30分×2=200円で、ほぼ完全に乾く。

病室の妻に張りついて
泊り込む毎日で
入浴と食事と洗濯が 
目下の私の最大の関心事だ。
それに病院の近くに広がる南陵町の高級住宅地の中を横切る<散歩>も欠かせない。
ここがインターネット接続環境下にあれば申し分ないのだが───。

(2006.03.16作)
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2006/03/15のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』─(42)

   子供の名前・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

長女がフリージアの切花を持ってやって来た
──季節の黄色い花が
病室に点景となって映えている
隣のテーブルには 
先日持ってきてくれたオリエンタル・リリーの
大輪の残り花が三輪咲いている。

娘をじっと見つめる妻だが
娘の名前Aがなかなか出て来ない。
いつも家に居て
病室にも来てリンパマッサージなどをしてくれる次女Yの名は
すらすら言えるのに──
折角お花を持って見舞いに来てくれた長女には
済まないという思いが 私の脳裏をよぎる。

娘をじっと見つめる妻だが
娘の名前Aがなかなか出て来ない。

糸の切れた凧のように
手のとどかないもどかしさが宙を舞う。
めっきり口数の少なくなった妻が
しきりに虚空に視線を這わすばかり──。

二時間の後
長女が「帰るわ」と言葉をかけたら
ようやく「姉ねぇちゃん」という長女の愛称が飛び出して、
ああ、やっと思い出してくれたかと
娘ともども安堵の息をつく始末──やれやれ。

(2006.03.15作)
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2006/03/14のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(41)

   麻薬オキシコンチン・・・・・・・・・・・・木村草弥

2月27日夕方に急に意識を失ったのはなぜなのか
麻薬オキシコンチンの効き過ぎか

──数日前から痛みを訴えたので処方された痛み止めの
麻薬オキシコンチン
──最低限の5mgだったのだが
衰弱していた妻の体には堪えたのか。
麻薬にもいろいろあるらしい──モルヒネの名前などを私は知るばかりだが
麻薬というだけあって肉体的には堪えるものらしい。

意識は戻ったものの
意識の昏濁はなかなか取れない。
妻の識閾は まだ<夢>と<現うつつ>のさなかをさまよっている。

麻薬オキシコンチンの効き過ぎか。
麻薬オキシコンチン──最低限の5mgだったのだが──。

(2006.03.14作)
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草弥の詩作品「草の領域」④・・・・・木村草弥(Doblogから転載)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──草弥の詩作品『草の領域』──(40)

     幻の孫の<血液型>・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

目覚めた妻が ぽつりと言う──
「三女Mの赤ちゃんの血液型・・・・」と。
三女になかなか赤ちゃんが出来ないのを
つねづね気にしていた妻だから
深層心理の中に そういう希望の思いが潜んでいるせいだろう──
夢のなかで待望の赤ちゃんが出来た、と夢みたのか
<幻>の孫の血液型のことを言う。

三女の身めぐりは目下あわただしい。
連れ合いが大都会N市の研究所の主任研究員のポストから
4月1日に某地方大学医学部の助教授で赴任するからだ。
引越しは3月25日ということでその準備であわただしい。
──そんな話を聞いていたせいだろう。

目覚めた妻が ぽつりと言う──
「三女Mの赤ちゃんの血液型・・・・」と。
<幻>の孫の血液型のことを言う。

(2006.03.13作)
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2006/03/12のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(39)

  <夢>と<現うつつ>のはざまで・・・・・・・・木村草弥

「いつまで ここに居るの?」と
目覚めた妻が ぽつりと言う。
めったに口を開かなくなった妻は
大きな目を見開いて
キョロキョロと虚空に視線を放つが
何かを凝視しているのでもなさそう。

2月27日夕方に 急に意識を失って
救急車で いつもの病院にかつぎこまれた妻──
意識は戻ったものの
<夢>と<現うつつ>との識閾も定かでないまま
半月が過ぎ去った。

食事は全粥と副食も普通に戻ったものの
ほんのちょっぴりしか食べない──
──じきにお腹が一杯になったと言う。
栄養源はもっぱら点滴によるブドウ糖だけ。
二の腕などめっきり痩せてしまって
今にもぽきりと折れてしまいそうで 痛々しい。

「いつまで ここに居るの?」の問いには
いくばくかの<現うつつ>の意識があるらしい──
──早く家に帰りたい
──寝たきりで 小さな褥創が3個所ほど出来かけた体がつらいのか
さぞ、つらいだろうと思いやるばかり──
私からは「もっとよく食べて元気をつけないと」と
励ますばかり──

「いつまで ここに居るの?」
この問いには十全に応えることが出来ないのがもどかしい。
「いつまで ここに居るの?」

(2006.03.12作)
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2006/02/12のBlog

草弥の詩作品『草の領域』────(38)

  甘い誘惑 iberis spp.・・・・・・・・・・木村草弥
 ・・・・・・・・・・・・「水瓶座」の花言葉によせて・・・・・・・・・・

劇的な出会いから生まれるのが水瓶座の恋。
運命の赤い糸が信じられるような恋をしようよ
水瓶座 Aquarius は新進の星座───
水瓶座生まれは知的でクール、
個性が強く、するどい観察力、豊かな創造性。
水瓶座の男は風変わりな性格で、
干渉されるのを嫌う。
独占欲の強い女性が苦手です。
水瓶座生まれはたいへん友情に厚いこと、
差別を嫌い、フェアな見方をする。

頭脳明晰だが、気まぐれでやや責任感に欠ける。
自分の価値基準で行動してマナー違反をすることも。
クリエイティヴな才能で、周囲を驚かすようなアイデアを
つぎつぎに生み出す。
水瓶座と相性のよいのは、フットワークのよい双子座と、
リーダータイプでエネルギッシュな獅子座。

水瓶座の人はあまり結婚願望が強くない、
結婚しても対等の関係を保ちたがる。
お金に執着しないのが水瓶座、
金運にも波があり、どっとお金が入ったり、大きな出費が。
水瓶座にふさわしい服装は知的なもの、
流行を取り入れたジャケット、
個性的な色柄のソフトスーツなど。
ラッキーカラーは黄色。
明るく濁りのない黄色のアクセサリーが
あなたの魅力を強調する。
水瓶座のラッキーアイテムは電話、レター。
インターネット通信が幸運を招く。
水瓶座のラッキーゾーンはエコロジーショツプや
現代アートの美術館、自然食レストランなど。

水瓶座の仲間の合言葉は「信じあう心」「的確」「青春の喜びと悲しみ」
「清浄」「気品」「誠実」「追憶」「控えめな美」「友愛」「無邪気」「あどけなさ」
「門出」「別離」
「黙っていても通じる私の心」
「夢見心地」「秘めた感情」「私から愛したい」「「愛を信じる」

(2006.02.12作)
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掲出した写真は、いずれも「水瓶座」の日に因む花であるが、日にちは本によって、がらりと違うから予めお断りしておく。
写真①は「イベリス」花言葉は甘い誘惑。2/11の花になっている。
別の本では「フリージア」花言葉は無邪気、あどけなさになっている。
写真②は「椿」花言葉は完全な愛。写真③は「パンジー」花言葉は楽しい気分である。
因みに、私の誕生日2/7の花は「パンジー」花言葉は楽しい気分。
別の本では「黄梅」花言葉は控えめな美などとなっている。
私はだいぶ前に花言葉に因む「歌」をいくつか作ったことがある。
NHKの「ラジオ深夜便」という番組で毎晩(毎朝と言うべきか)朝5時直前に、その日の「花言葉」を放送しているが、その中で鳥海昭子さんの、その日の花言葉に因む「短歌」をひとつづつ紹介しているが、その人は昨年かにお亡くなりになった。
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2006/02/11のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』───(37)

   幻影 une illusion ・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

早春のまどろみだった─────。

あなたは肩から薄絹を
するりと滑らせた─────。
ああ!
今ほぼ望(もち)に近い月齢14日の<待宵月>が
しろじろと光を放って
あなたの肌(はだえ)を
ぼうと映し出している─────。
<待宵月>──いい名づけではないか
あなたは待宵の月光に
みづみづしい裸身をさらす
月光に浮かびあがる白い双丘
待宵の月光はうっとりと
あなたのすべらかな肌(はだえ)を
ぼうと映し出している─────。
水瓶座の いとしい女(ひと)よ!
いのちを愛(お)しめよ
才(ざえ)高く いとしい女(ひと)よ!

あなたは肩から薄絹を
するりと滑らせた─────。

(2006.02.11作)
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2006/02/07のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(36)

  1/f の揺らぎ・・・えふぶんのいちのゆらぎ・・・・・・・・木村草弥

心拍の打つリズムを聴いている。
ああ!私のいのちのリズム!
あたたかい血のぬくもりがリズムを打っている
時にはドキドキしたり
落ち込んでぐったりすることもあるが─────。
1/f のいのちの揺らぎ!

ロウソクの炎が揺れている。
今日は私のン十年の誕生日
自分で買ってきたバースデーケーキのロウソクに
火をつけて
じっと見つめている。
ハピーバースデー ツー ユウ!
口の中で ぶつぶつと呟いてみる。
ローソクの炎が揺れている。
1/f の炎の揺らぎ!
買って来た「物」についているバーコード。
同じ太さの線が等間隔に並ぶというのではなく
細かったり、太くなったりするバーコードの線のリズム!
その線の間隔の並びが心地よい。
もっとも バーコードとは言っても
マトリックス型二次元コードは駄目!
1/f のバーコードの線の揺らぎ!
どこかで メトロノームが
かちかちと リズムを刻んでいる
ヨハン・ネポムク・メルツェルが発明した────。
規則正しい、ということもいいことだが
一斉整列、一心不乱、というのは嫌だ。
強弱、弱強の、
寄せては返す波のようなリズムの
波動が欲しい!
1/f のおだやかな波動の揺らぎ!
杉板の柾目の箱を眺めている。
寒い年、暑い年、
雨の多い年、旱魃の年────
それらの気候の違いが
柾目の間隔に刻印されている柾目。
等間隔ではない樹のいのちのリズム!
1/f の樹の柾目の揺らぎ!
そよ風が吹いている。
小川のせせらぎが聞こえる。
自然現象は
時には暴力的な素顔を見せることもあるが─────。
今は
そよ風が吹き
小川のせせらぎの音が心地よい!
1/f の自然のささやきの揺らぎ!

どこかで
ラジオの「ザー」というノイズが流れている
周波数が合わないのか─────。
もう片方の耳には
妻の弾くピアノの音の合間に
かちかちというメトロノームの
規則正しい音が聞こえる。

そのラジオのノイズの「ザー」という不規則な音と
メトロノームの規則正しい音とが
いい具合に調和するような
ちょうど中間にあるような
1/f の調和したリズムの揺らぎ!
私の体のリズムと同じリズムである
<1/f の揺らぎ>に包まれて
<1/f のやさしさ>に包まれて
今日いちにち快適に過ごそう!

──(2006.02.07 私の誕生日に寄せて)──
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久し振りに「草弥の詩作品」の新作を発表する。ここ半年近く、私の心の底に湧き上がってくる言葉の素材が見つからなかった。
それが、今回、<1/f えふぶんのいち>という言葉に触れて、私の詩作の感受性が一気に開花したようである。
因みに申し上げると「1/f 」とは音楽用語というよりは科学用語である。関心のある方は、お調べ願いたい。
「f」=freqency周波数の略称というか、記号である。フランス語ではfrequenceということである。難しいので、今回はフランス語の「副題」をつけるのはやめる。
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2005/07/18のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(35)

  散文詩・勃起する bander ・・・・・・・・・・木村草弥

つい最近から明け方に我がいとしの cock が
時たま勃起するようになった。
つまり「朝立ち」の復活ということである。
妻に言ったら「それは、おめでとう」と言われた。
妻の膣は腫瘍に占拠されてしまっていて
使うあてとてない我が cock だから
何がおめでとうだ!人の気も知らないで!
とは思うが、生理現象というのは
正直というか、あさはかというか驚くばかりである。
私の男性機能は完全に喪失したと思っていたが、
突然の復活には とまどうばかりである。
勃起はするが、こすっても射精には至らないだろう。
というのは
睾丸は生きているから精虫を含む精液は生産されようが、
精液の殆どを占めるのは
前立腺が生産する液体であるからだ。
放射線で前立腺は傷めつけられ
というより 徐々にではあるが
二年くらい先をめざして
がん細胞とともに「死滅」させられるから
精液の主成分を生産することはないからだ。
だからエクスタシーは起きても「射精」には至らないだろう。

これは、あくまで資料を読んでの知識であって
まだ私の体験にはなっていないから、確かなことは言えないが。
客観的にみて 私の「男性」性は復活したらしい。

思いかえせば、一昨年12月から始めたホルモン療法の「リュープリン」の注射は月1回だが、絶大な効果があった。それは男性ホルモンのテストステロンが前立腺の癌化を促進するのを阻止する目的の療法だった。男性ホルモンを阻害されて私の cock は、すっかり大人しくなり、朝立ちどころか勃起のボの字もなくなった。
その後、前立腺治療の新展開を求めて京都大学病院「前立腺外来」で本年3月9日から毎日、放射線照射を合計37回やり、5月10日に終了した。

放射線治療が始まったので、ホルモン治療は2月の注射を最後に打ち切ったが、その効果は6カ月くらい続くと言い、したがって「のぼせ」などの副作用も、却ってLH-RHアゴニストのホルモンが抜ける時の方がひどいという。
京大病院泌尿器科の賀本助教授の診察日に、勃起の復活のことを話してみたら、Dr.は多くは語らないが、そういうことはあり得ることで自然なことだという。

私は、これから、どこへ行こうとするのだろうか。鬱勃たる心境である。
(2005.7.18作)
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昨年8/01付け「散文詩・ホルモン療法」で「リュープリン」については詳しく書いたので、ここでは繰り返さないが、参照してもらいたい。
なお、副題として掲出した bander というフランス語はスラングであって「勃起する」の意味であるが、正式のフランス語では entrer en erection ということになる。何度も書くが erection の e の字の頭にはアクサンテギュの記号がつくが省略してある。
文中の cock というのは英語のスラングで penis のことである。裏ビデオなどを見ていると「カーク」と聞こえる発音である。以上、蛇足のおしゃべりである。
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2005/05/25のBlog

──草弥の詩作品『草の領域』──(34)

・・・・・・・・・・・・・・この作品は角川書店月刊誌「短歌」2005年
・・・・・・・・・・・・・・6月号(5/25発売)に編集部の依頼原稿
・・・・・・・・・・・・・・として発表したものである。この作品は私と
・・・・・・・・・・・・・・妻のプライバシーに濃密に触れるものなので、
・・・・・・・・・・・・・・まだ一般には知られていない「艸木茂生」の
・・・・・・・・・・・・・・ペンネームで発表した。

    生 き る・・・・・・・・・・・艸木茂生

たやすくは人は死ねざり夥しき下血にまみれゐたりても なほ

・・・抗癌剤それは毒物「毒をもて毒を制す」と世に言ふ・・・
妻に効く抗癌剤求め尋(と)め来たる某がんセンター丘の上にあり

マンスリー・マンション三階、病室より持ち帰り洗ふ妻の下着を

「原発不詳」とカルテに書かれゐたりけりロプノールのごとくわれらさまよふ

妻に効く抗癌剤なしのご託宣、異郷の空に夕光(ゆふかげ)赤く

「死に場所は故郷が理想」主治医言ふ、われら同意す帰心矢のごとく

民間の救急車に揺られ帰りつく京都の地なり地の香なつかし

ベッド拘束されてゐたのが嘘のやうリハビリの成果杖なしで歩く

点滴も服用薬もなし自前なる免疫力で妻は生きる

小康のひとときを得し安らぎに家族の絆(きずな)深まる春だ

   ・・・イタリアの諺にいふ<人は時を測り 時は人を計る・・・
アメリカ留学帰りのM助手斯界の権威、三十代なかば

    ・・・リニアック2100C/Dはアメリカ製深部照射X線治療器・・・
照射時間十五秒×2、リニアックは我がいとしの前立腺(prostata)を射る

照射位置を示す腰間の+の字三七回済みたればアルコールで消す

「夫婦して癌と共生、なんちやつて笑はせるわね」妻がつぶやく

(2005.05.25作)
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2005/03/10のBlog

──草弥の詩作品──(33)

   弥生のリハビリ─(2)・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

(1)My杖
弥生のリハビリは益々快調だ。
3月2日には「My杖」を購入した
リハビリ器具の専門メーカー川村義肢株式会社の製品
──1本4000円也。
杖を突いたときに腕(かいな)が肘のところで30度~40度の
ゆとりがあるのが最適という
弥生の身長に合せて杖の寸法を決める。

今では、平坦なところなら杖なしでも大丈夫。
リハビリ室から病室へ戻るときは
1階と2階の昇りにはエレベータを使わず階段を使う。
さすがに手すりにつかまりながらだが──
踊り場を挟んで11段が2回ある。
最初の11段は右足から始動する
踊り場に来たら、次の11段は左足から始動する。
利き足が右だから、左足からの始動は力が要るらしい。

(2)病院外への散歩
3月9日、10日と暖かい日がつづくので
3月10日は病院外への散歩のリハビリ。
N理学療法士が先へ先へとリハビリのメニューを考える。
外を歩くので パジャマではなく 
ブラウス、スラックスに上着も着ける。
病院の廊下と違って 道路には凹凸があるので
足運びには注意が必要──
変な出っ張りに足を引っ掛けて転んでは危険。
初日は、ほんの少し200~300メートルの距離にとどめる。
病院の玄関を出て、通りを左折する。
病院の前は正式の歩道というのがなく、ごちゃごちゃしている。
先に進むと京都生協組合員センターのショップがあり
その辺りから歩道が整備されて歩きやすい。
その先の京都銀行ATMの手前の横断歩道を向い側の歩道に渡る。
渡って右折して病院のまん前の京都中信ATMのところまで来て
通りを渡って病院に戻る。
だらだらの登り勾配になっていて結構足に力が入る。
N理学療法士からは 足のどの部分が凝っているか
翌日教えて下さいと言われる。

(3)おむつ外し
3月9日から おむつ外しにかかる。
履くパンツ式の吸水パンツに吸着パッドをつけて
弥生が自分で着脱できるようにする。
便意を催せばウォシュレットのトイレに行って排便するようにする。
夜間だけは危険防止のため 今まで通り
おむつに吸着パッドにする。

最低37㎏まで落ちた体重も もりもり食べているので
最近では2㎏増えて39㎏まで回復した。
リハビリのおかげで必要な個所の筋肉を使っているので
筋力もついて来たというところである。

あとは、のびのびになっているK医師による
膣口の腫れ物を炭酸ガスレーザーのメスで切除するだけ。
これが成功すれば一時帰宅も許されよう。
昨年11月中旬、名古屋の愛知県がんセンターに行って以来の
久し振りの、待ち遠しい帰宅!!
(2005.03.10作)
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2005/02/25のBlog

──草弥の詩作品──(32)

    弥生のリハビリ─(1)・・・・・・・・・・・・木村草弥

弥生のリハビリがはじまった。
五階の病室にリハビリ室のN理学療法士が迎えに来て
歩行器で病室を出て 約20メートル先のエレベータへ。
エレベータで一階に下りて廊下を約60メートル歩いて リハビリ室へ。

リハビリ室では 先ず専用の背の固いビニールベッドに仰臥で寝て
お尻あげを5回、
脚を左右に開脚するのを各5回、
膝を立てて足底をずらして膝を伸ばすのを5回。

ベッドを下りて 平行棒のところに移動して
両手をバーに触れながら、往復する
途中に鏡があって それに映る自分の姿勢──
頭がちゃんと体の中心に重心を置いているかをチェックする。

初日は、ここまでだった。所要時間約30分。
N理学療法士が弥生の体力の現状を把握するのが主眼。

病室に戻ったら、適当な時にお尻あげの動作を自分でやってみる宿題。

第2日からは
弥生の体力の現状が判ったので 少しづつメニューが増える。
お尻あげ、開脚、膝の屈伸のほかに
平行棒では片手を放して往復するようになる。
参考のために私にも見学するように、とのN理学療法士のお達し。


3日後からは、病室とリハビリ室との往復に歩行器を使わず
「杖」を片手に突いただけで ゆっくりと歩く。

リハビリ室でも 緩急3段階ある階段を 
はじめは緩い段から 杖だけを突いて昇り下りする。
最初は5段からはじめて、
2回目からは全段10段くらいを昇り下りする。
はじめは一段づつ左右の足を揃えてから次の段に移っていたのを
翌日には左右の足で交互に一段づつ昇り下りするという風に
課題が前進する。


杖の突きかた、杖の出しかた、重心の取りかたの
要領が判って来て 弥生のリハビリはすこぶる快調だ。
気のせいか、少し筋肉が戻ってきたみたい。
リハビリ開始から1週間の 中間発表である。
(2005.02.25作)
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2005/02/17のBlog

──草弥の詩作品──(31)

    あなごの握り鮨・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

弥生は「あなご」の握り鮨が好きだ
海辺の港町・函館で育ったので
魚は新鮮なものでないとおいしくないと言う
だから 握り鮨も
「あなご」のように醤油で さっと煮て 火を通したものが
変な臭みがなくてよいと言う。

毎日、私は昼食を病院で弥生と一緒に食べる
正確に言うと 弥生の昼食が配られる前に
私の食事を済ませてしまう
日によって 私の食べるものは「いなり寿司」だったり
「ばってら」だったりするが
病院の隣の京都生協組合員センターのショップで
買ってくる398円の「握り鮨セット」は六個か七個かの少量なので
カロリーオーバーにならずに丁度よいのだ。

その中に「あなご」の握り鮨が入っている
小ぶりのあなごをさっと醤油で火を通したものの
特に尻尾の部分が乗ったものを好む
あなごを鮨めしにのせて とろりと甘い醤油を刷毛で塗って 海苔を巻いてある。
その「あなご握り鮨」を一個と
あと 「烏賊握り」を一個つまんだりする
烏賊も函館名物だ
病院の給食の前のつまみ食いである。

一月中旬までが嘘のように
一月下旬から食欲が もりもり出て来て
むかついたり 吐いたりすることもない。

長らくぶらさがっていた点滴の管も一月下旬には全部外れた。

うどんが食べたい、海苔巻きおにぎりが食べたい、ヒレ肉のビフテキが食べたい、
弥生は さまざまのリクエストをした。
そして それらをきれいに食べてクリアして来たのだ。
病院の給食も お粥から普通の飯に戻って 食べやすいらしい
副食も飯に見合うように いろいろ工夫されて
はたから見ても食欲が出そうだ。

昼食後には歩行器につかまりながら
入っている五階の廊下を一周する
病院の休日にはエレベータで一階に下りて 一階の廊下を歩き回る。
病院の廊下には先日98歳で亡くなった初代院長の岡本隆一が
世界中で撮って来た写真の額が一杯かかっている
弥生が行ったところも多く それらを見ながら
私と話しながら ゆっくりゆっくり歩く。
顔見知りの看護婦が声をかけてくる おしどり夫婦に見えるのだろうか
私が 先へ先へと目標を決めてやるので 看護婦たちには
私は「スパルタ」爺さんと言われているらしい。

昨日 リハビリ科の先生が来て リハビリ室で
専用のメニューを組んで筋力アップに取り組むことになった。
何しろ 名古屋の愛知県がんセンターで二度ほど大出血して
ベッド拘束になって以来、寝たきりになって
筋力がめっきり落ちてしまった。

腹筋、背筋などの筋力も取り戻さなければならない。
目標が見えて来た。
これも嬉しい目標だ。
(2004.02.17作)
草弥の詩作品「草の領域」③・・・・・木村草弥(Doblogから転載)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──草弥の詩作品──(30)

  散文詩・欠乏の中の豊穣 manque et riche・・・・・・・・・・・木村草弥

中東という地域が、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という世界宗教を生み出した背景には「欠乏と豊穣のコントラスト」があったのではないか。
かつてエルサレムを訪問した時、ふとそんなことを思った。

こんにち、パリをはじめとする都市で、あるエリアを指すために使われている「クォーター」(四分の一)という言葉は、エルサレム旧市街の小さなエリアが三大宗教者地区とアルメニア人地区の計4地区に棲み分けられていることに由来する。
信仰を異にする者たちが、狭い地域に、肩を寄せ合って生き、欠乏の中の豊穣を創り出す。このような知恵の中に、都市の起源がある。

宗教改革者としてのキリストの本領も、欠乏の中に豊穣を創り出した点にあったのだろう。
もし、世界が愛に満ち溢れているのであれば、ことさらに愛を説く必要はない。現実の世界が過酷で、悪意と悲惨に満ちているからこそ、愛を説くキリストは、不毛な世界に、都市と同じ豊穣のオアシスを現出させることに心を砕いたのではないか。
愛の宗教を生み出した土地の人々は、近現代史において、切実に愛を必要として来たのである。
かつてエルサレムを訪問した時、ふとそんなことを思った。

エルサレム旧市街の、モハメッドが天に昇ったとされる「岩のドーム」のすぐ下には、ユダヤ教徒にとっての聖地である「嘆きの壁」がある。
黒づくめの正統派ユダヤ教徒たちが、壁に向かって礼拝を繰り返し、祈りを捧げている。その上では、岩のドームに向かうムスリムたちが列をなしている。
イデオロギーにとらわれれば、水と油であるはずの人たちが、城壁の中の隣り合うクォーターの中に、お互いの息づかいが聞こえるほどの距離で生活している。
まるで魂の集積回路のような、そんな光景を思い起すと、都市というものは、やはり欠乏の中の豊穣をこそ、その本懐とするのではないかと確信する。

都市には溢れているが、その外にはないもの。それは、例えて言えば人々の「情熱」(パッション)である。エルサレム旧市街の城壁の中には、宗教的情熱が溢れていた。「パッション」は、キリストの受難を指す言葉である。もちろん、宗教だけが人間の情熱を独占しているわけではない。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、「都市の宗教」であると言われる。「欠乏の中の豊穣」という視点から、その意味を捉え直すと、都市にも宗教にも新たな光が見えてくる。乾いた沙漠の中の水のように宗教の原始的意味が甦ってくる。
欠乏と豊穣のコントラストこそが、人々の魂を癒す。それが人間の魂の糧である。

都市は、宗教や愛と共通の起源を持つ。都市の高層ビルの間で、文明生活の豊穣を享受しながら、コンビニも水道も暖かなベッドもない原生林を夢みる。
その時、私たちの魂はきっとキリストや、嘆きの壁の前の正統派ユダヤ教徒や、クラブの中で踊る若者たちの魂に繋がっている。
かつてエルサレムを訪問した時、ふとそんなことを思った。
 (2005.02.02作)
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2005/02/02のBlog

──草弥の詩作品──(29)

   散文詩・免疫系 Immunologie・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥
         ──最新の免疫学の成果を踏まえて──

私たち人間が最期の時を迎えるときは、免疫を司るリンパ球がどんどん減少して10%以下になった頃である。健康に暮らしているときのリンパ球比率は35~40%であるが、30%以下になると何らかの病気が出てくるし、20%以下になると重病人である。

免疫系の元になっているのは、単細胞時代のアメーバが特殊化せずに残った細胞で、私たちの体の中で「マクロファージ」と呼ばれている細胞である。単細胞生物が多細胞化して起った最大の変化は、各細胞の「特殊化」である。たとえば、筋肉細胞になれば、収縮の機能に磨きをかけたが、体を守る力は却って失われている。骨の細胞に進化すれば、リン酸カルシウムを沈着させ丈夫さに磨きをかけるが、やはり体を守る力は失われる。
このような流れの中で、多細胞生物が、どのように我が身を守ったかというと、単細胞時代の自分自身をとどめ置いて守りとしたのである。マクロファージは擬足を出して体の中を移動するし、異物があれば飲み込む。アメーバとそっくりである。
マクロファージの食べる力をさらに退化させて、マクロファージが炎症部位にとどまる時に使っていた接着分子を発展させたのが「リンパ球」で、それらを合わせて「免疫系」を構成するようになった。
マクロファージはみずからの分身であるリンパ球を作って体を守る効率を高めているが、基本的な働きは今でも、やはりマクロファージが行なっている。サイトカインなどの高分子蛋白を分泌してリンパ球が働くか休むかを決定しているし、抗原をリンパ球に提示するのもマクロファージの働きである。マクロファージ無しで免疫系が動き出すことは出来ない。また、免疫反応が起こって組織が破壊された場合でも、最後の修復はマクロファージが行なっている。
このように、単細胞時代の生き残りは体の防御の基本になっているし、その個体の生死も決定している。

一つの組織を維持するのも、壊すのもマクロファージの仕事であるが、骨の場合はもっと関連が深い。マクロファージは栄養を貯めてやれば次世代を残すたるの生殖細胞になるし、脂を貯めて脂肪細胞にも変わる。
そして、細胞は興奮して生じるカルシウムやリン酸を一次的に貯め置くと骨になる。つまり、マクロファージがリン酸カルシウムという老廃物を貯め置いたのが骨細胞なのである。この骨を壊す破骨細胞も、そもそもマクロファージで、骨を食べて壊してゆく仕事をしている。
私たちは運動不足になったり、寝たきりになると細胞興奮で生じるリン酸カルシウムの生産が少なくなるので骨が出来にくくなる。さらに体を使わないので骨は不必要と判断して破骨細胞は骨を削って縮小させてゆく。寝たきりのおばあさんが骨粗鬆症になるのも、寝ている人に骨の丈夫さは不必要とマクロファージが決定して骨を溶かしはじめたのである。すべて、なるべくして、なっているのである。

よく「輸血」をするがA型、RHプラスとかの血液型が適合しても、自己血でない場合は免疫系は、他人血は「異物」と判定して、できるだけ早く分解しようとする。だから輸血の回数を重ねるに従って、輸血の効率は極めて悪くなる。この頃はできるだけ手術などの場合に、計画的に事前に「自己血」を貯めておく傾向は、そういうことを避けるためなのである。

癌の末期には「やつれ」が極限になるが、マクロファージが作る腫瘍壊死因子(TNF)が癌細胞を攻撃すると同時に、脂肪細胞を燃焼尽きさせ、いわゆる悪液質と言われる体調、体力状態を作る。ここでもマクロファージは個体を燃焼尽きさせて最期とするのである。
点滴や管で栄養を補給し続ける医療行為があるが、マクロファージは送られ続ける栄養を消費するために、大量の炎症性サイトカイン(先に挙げたTNFやインターフェロン)を出しながら、生き残っている細胞を攻撃しつづける。病院で死ぬと激しい苦しみとともに最期を迎えることが多い理由である。
その逆がある。
空海は死を迎える五日前に自分で食を断った、という。栄養無しになると、さすがのマクロファージも自己破壊の働きを止め、静かにして個体の死を待つのである。

私たちは無理な生き方をしていると「やつれて」来るが、それはマクロファージや、そこからのもう一つの分身である「顆粒球」が働きだして個体を消滅しにかかる。顔色が悪くなって、やせ細って命を終える。進化した細胞はだんだん枯渇して、マクロファージと顆粒球が全身にはびこり一生を終える。
 (2005.02.01.作)
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2005/01/26のBlog

──草弥の詩作品──(28)

   弥生の不在──その(2)・・・・・・・・・木村草弥
     ・・・・・・absente ma famme < Yayoi >

たやすくは人は死ねない。
名古屋の愛知県がんセンターで
「あなたに効く抗がん剤はない」と宣告されて以来
弥生は「生きる苦しみ」を味わっている。
人の余命など誰にも判らぬ。
──イタリアの諺にいう
 <人は時を測り 時は人を計る>

がん細胞が増殖してエネルギーを猛烈に消費するので、
どうしてもカロリー不足に陥って、痩せ細ってしまった。
狭い骨盤内の空間で、がん腫瘍は八方に触手を伸ばし
腎臓を、膀胱を侵襲し、消化器にも風穴をあけているらしい。
それは下血している証しであるタール状便となって排出される。
膣口に腫瘍の押し出しの先端が大きな「瘤」となって露出して久しいが、
昨年十月までは主治医のK医師が何度も電気メスで切り取ってくれた。
今も膣口ににぎりこぶし大の異物が鎮座する。これは名古屋にいる時に
押し出して来たもので、向こうでは切除できなかったもの。
直腸にも「悪さ」をして出血が起き、名古屋では二針縫った。
人の余命など誰にも判らぬ。
──イタリアの諺にいう
 <人は時を測り 時は人を計る>

猛烈に増殖するがん細胞の中には、栄養が行き渡らずに「壊死」する部分が出て来る。
「壊死」(えし)というと好都合のようだが、この「壊死」した細胞の塊が破裂すると、
周りの健康な血管などを巻き込んで大出血を起す、と警告を受ける。
壊死したがん細胞が「下りもの」となって膣口から発する臭気──屍匂にも似た臭気を、
医師たちは「がん臭」と言う。
がん臭を発する「下りもの」と肛門から排出される糞便の臭い──
それらにまみれて、弥生は「襁褓」(むつき)を当てて生きている。
これが「生きる苦しみ」でなくて何だろうか。
人の余命など誰にも判らぬ。
──イタリアの諺にいう
 <人は時を測り 時は人を計る>

名古屋の主治医N医師から
「死ぬなら、いま住んでいる所が一番だよ」と言われて、
「それが私の持論」と言われて、
私たちも同意して、京都の元の病院に引揚げて来た。
まるで「帰心矢のごとし」という古言のように──。
「あなたに効く抗がん剤はない」と宣告されて、
他に、どんな選択肢があるというのか。
弥生の不在は、まだまだ続く。
「生きる苦しみ」も、ますます深いのだ。
人の余命など誰にも判らぬ。
──イタリアの諺にいう
 <人は時を測り 時は人を計る>

膣口に押し出していた腫瘍の先端部を
1月26日午後、K医師によって切除することに成功した。
炭酸ガス・レーザーによるメスは出血を抑制する作用がある。
膣内には、なお大きな塊が残っているので、根元を太い糸で縛り、
血流を阻止した上で、約2週間あとに切除する予定。
これで弥生の起居も少しは楽になるだろう。
人の余命など誰にも判らぬ。
──イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>
 (2005.01.23作、01.26補作)
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2005/01/23のBlog

──草弥の詩作品──(27)

  散文詩・ 生きる苦しみ agonie ・・・・・・木村草弥

人間以外の動物に「生きる苦しみ」なんてあるのだろうか。
怪我をした犬や猫の痛々しそうな表情を見れば、彼らが苦しみに耐えている
ことが判るが「生きる苦しみ」を感じているかどうか。
人間は格段に悩みの多い動物である。

 (1)人間は「死」を発見した
人間は、人間らしく生きたいと思っている。
この「人間らしく」という言葉が問題だが、その含む内容はじつに幅広くて、
しかも時代と共に、文化と共に、変化する。
人間という動物は、著しくすぐれた論理能力を身につけたので、人間は「死」を発見してしまい、
誰もが一生、大きな悩みを抱えることになる。
人間は健康に恵まれて生きている間は何でも出来るような錯覚に陥っているが、
「死」の発見によって断崖に立たされることになる。

 (2)生命とは?魂とは?
心は嬉しくなったり、悲しくなったり、怒ったりする。しかし、死んだら心は無くなる。
「心」とは「意識」の世界であり、肉体と不可分である。肉体と不可分なものは、
死んだら無くなっても不思議ではない。
ところが「無意識」の世界というものがある。これは自分でもはっきり意識できない
世界だが、この世界が魂とつながっているのではないか。
魂が無意識とつながっていて、そこから、大自然の偉大な働き──「サムシング・グレート」
の世界へ通じている、と生物化学者・村上和雄は考えた。

 (3)身体は大自然からの借り物
生きている時は肉体と心も大切。この二つがあって、はじめて生きられる。
人間を本当に理解するには「魂」にまで踏み込むことも大切だろう。
私たちの身体は、地球からの借り物である。借り物である証拠に、私たちの身体は、
一定期間、地球上に存在して、消滅する。つまり借りたものを地球に返すのである。
私たちの身体は、貸し主は地球、大自然やその奥にあるサムシング・グレートだ、
ということになる。
そうすると、借り主は誰か。それは「心」ではない。なぜなら意識できる「心」は、
「死」とともに消滅する。
そうすると借り主は、死によっても消滅しない「魂」しかあり得ない。
私たちの生命は「個体のいのち」の死とともに終っても、私たちの身体の元素は
世界に広がって生きつづける。古人は、これを「輪廻転生」と呼んだ。
(2005.01.23作)
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2004/10/11のBlog

──草弥の詩作品(26)──

   散文詩・宇宙暗闇と生命の光 ・・・・・・・・木村草弥
     ───la obscurite cosmique dans la clarte de la vie

人間が集い住む場所──都市の中に、夜でも光が溢れるようになって、もうどれくらいの歳月が経ったのだろう? 人工衛星から地球を撮影すると、夜、宇宙の暗闇と一つながりの半球に、都市がある場所だけ光が見える。それは、天上に輝く星の光に似ているようでもあり、清流の上を飛ぶ蛍を思い出させるようでもある。
暗闇の中の光は、恐らく太古の人類にとっての炎の記憶に結びついている。蛍光灯によって照らし出されたフラットな室内照明よりは、暗闇に輝く街灯の方に喚起力がある。

この前の戦争に狩り出されて南の島で蛍の何万という大群が樹にむらがっているのを見た兵隊の話がある。「蛍の木」という。
本来、自然界の文法においては、地上や水中で光るものは、必ず生命である。
ライアル・ワトソンは著書『未知の贈りもの』の中で、インドネシアの夜の海で船の下の巨大な発光体に出会った体験について書いている。その正体は、無数のイカの発する光であった。この出会いが、ワトソンが地球上の生命潮流の中を彷徨する一つのきっかけになったのではないか。

死という絶対の暗闇と交錯する時、生命の光は世界そのものと同じくらいの強度をもって、私たちの心に焼き付けられる。
都市のビルの高層レストランから外の夜景を見るとき、そこに広がる光の海の正体が、判りきったものだと思うことで、私たちは何か大切なものを失ってはいないか?
地上の光は生命の作用であるという光の文法に立ち返るとき、はじめて私たちは、その大切なものを回復できるのではないか?
ユークリッドやトレミーをはじめとする古代の思想家は、光は目から放出されるものだと考えた。何かを「見る」ということは、何かを「触る」ということと同じであると考えた。生命の作用として、光の本性を考えると、それほど私たちの実感から離れているわけではない。

アマゾンのマナウス近郊で、夜、ワニの目を見に行ったことのある友人の話───。
ネグロ川に浮かぶフローティング・ハウスに一泊した。アレクサンドルというインディオの青年に率いられて、ボートに乗ってネグロ川に漕ぎ出した。
月のない晩で、川の油のように滑らかな黒い水面と、川沿いの木々、そして、その上の天空が、少しづつ質感の違う一連なりの黒として私たちを包んだ。
アレクサンドルがサーチライトで照らし出す水辺の暗闇に、丸々と光の点が見えて来た。それがライトを反射して光るワニの両眼であった。

死と隣りあわせの南の島で、蛍の木を見つめる兵士たちを包んでいたものも、夜の海で巨大な発光体のイカに接近されたライアル・ワトソンの頭上にあったものも、全てを包み込む一つの巨大な「宇宙暗闇」ではなかったか?
私たちが築きあげた都市の中で、もはや無数のイカの群にも、蛍の木にも、ワニの目にも出会うことはない。都市化によって、私たちが失ったもの、消え去ったものの大きさに心を震わせない人は果たしているだろうか?
私たちは何かを摑もうとしている。
太古から変ることなく私たちを包んできた宇宙暗闇の中で、何かを摑むために宇宙暗闇の中の光という文法が、太古から生命の印であった、という地点まで戻るしかない。

夜でも昼のように明々と照らし出された机の上で、私はインターネットをサーフィンし、エアコンの効いた部屋に閉じこもり、車のドアを閉める音が消えた後の静寂の中に、辛うじて文明以前の太古の響きを聴く。大自然の営みの気配は遠く去り、ガラスと鋼鉄の生命維持装置が、私の目を曇らせる。しかし、そんな私のちっぽけな生命をも、宇宙暗闇はきっと包んでいる。
今もなお、インドネシアの海で光るイカの群が、南の島の木に集う何十万匹という蛍が、ネグロ川の川辺に潜むワニが、しっとりと包まれているように、文明の中に棲む、この私も、どこまで続くか判らない、果てしのない深い闇に抱かれて、今までに見たこともない素晴らしいものとの出会いを夢みている。 (完) (2004.10.03作)
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「草弥の詩作品」では今までから、題名の次に副題としてフランス語表記を書いてきたが、ご存じのようにフランス語には「アクサンテギュ」や「アクサングラーヴ」という記号が付く。私のワープロもフランス語表記の設定をしているが、これらは転送したりすると外されてしまう。これが日本語という特殊なワード・プロセッサの操作を経由したシステムの弱点である。英語、フランス語、ドイツ語など西欧語同士では、こういう障害は起らない、という。専門家にも聞いてみた結果がこれである。従って、私のフランス語表記の「副題」は、はじめから、そういう記号は、承知の上で外してあるので、予めご了承くださるよう一言申しあげる。
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2004/08/02のBlog

──草弥の詩作品(25)──

   茶の悦楽 plaisirs du the ・・・・・・・・木村草弥

中国から世界に広まった喫茶文化は長い歴史を経て各国、各地に定着した。
背後に広大な茶産地を控え、広東省の飲茶(ヤムチャ)文化と英国の紅茶文化を継承する香港───。
茶の悦楽に出会うために、いくつかの心得を伝授しよう!


心得(1)
 飲茶は広東式お茶の時間。食事に非ず

広東省伝来の「飲茶」は文字通りお茶を飲むことであり、飲茶につきものの「点心」は間食のこと。点心をつまみながらお茶を飲み、飲んではまた点心をつまむティータイム。
20世紀の初めまで飲茶処は茶楼、茶室、茶居などと表示され、それらを引っくるめて「茶館」と呼んでいた。しかし昼は飲茶、夜は食事を提供する「酒楼」(レストラン)が徐々に増え、飲茶処と食事処の境界線は薄らいでいった。
香港で最も歴史のある「陸羽茶室」から、新感覚の茶芸館などバラエティがある。
心得(2)
 点心との相性を考えてお茶を選ぶ

香港では飲茶の席で人々が頼むのは黒茶と白茶が圧倒的に多い。
発酵度の違いにより、不発酵茶の緑茶、弱発酵の白茶、半発酵の青茶、完全発酵の紅茶、後発酵の黄茶と黒茶と便宜的に分けておく。
緑茶には淅江省産の龍井茶は釜炒り緑茶。ひなびた風雅な味わいだ。
海鮮素材や野菜中心の点心に合う。月餅にも向いている。不発酵茶には「花茶」という分類で、緑茶に開花したてのジャスミンを混ぜて茶の香りを移した茉莉花ジャスミン茶、菊の花を乾燥した菊花茶、野バラの一種のハマナスの玫瑰(メイクイ)茶などもある。
弱発酵茶の「白茶」には一芯一葉を摘んだ高級な「白毫銀針」があるが、日常茶の寿眉(さうめい)でよい。おだやかな味なので、ほとんどの点心に合う。
後発酵の「黒茶」には普洱沱(プーアールトウ)茶がある。血中コレステロール値を下げる効果があると言われ、脂っこい点心に合う。
香港の飲茶の席で人々が頼むのは黒茶と白茶が圧倒的に多いが「黒茶」のカビ臭さは日本人には違和感がある人が多い。
完全発酵の「紅茶」には茘枝(ライチー)紅茶というライチーの香りとほのかな甘みを紅茶につけたもので、香港ではよく飲まれて蓮餡の包子など甘い点心に合う。
半発酵の「青茶」には福建省産の「鉄観音」や武夷山一帯で採れる烏龍茶の「岩茶」がある。ほかに広東省産のフルーティな香りと、とろんとした飲み心地の「鳳凰単欉(タンソウ)」がある。
茶碗にお茶が注がれたら指先でトントンとテーブルを軽く叩いて謝意を表そう。

心得(3)
 伝統とモダン、両方の点心を味わおう

高層ビルに囲まれたポケットパーク香港公園は、アヘン戦争終結後に英国が初の駐屯地として使用した一帯。ここに2003年6月にオープンした「楽茶軒」はお茶の繊細な味が引き立つという理由から素食(ベジタリアンフード)に徹しているモダンな茶館。
一方、跑馬地にある「誉満坊」も現代人好みの食材を組み合わせたものながら、この道28年の点心シェフ曾さんの自信作。
また尖沙咀金巴利道の「福臨門」は高級料理店として有名だが、飲茶は割安でしかも高級食材を駆使している。
ペニンシュラ・ホテル2階の「嘉麟楼」は点心の旨さと茶の品揃えが魅力的である。
小鳥の声に包まれて飲茶を楽しめる九龍の川瀧村の「端記茶楼」は、早朝から鳥カゴを提げた男たちが集り、儀式のようにカバーをはずし、鳥の水浴びをさせ、歌声披露を競う。この風流な道楽を飲茶処で披露する伝統は広東から伝わった。

心得(4)
 香港流の蓋碗使いを会得する

香港のナイトスポットとして知られる中環蘭桂坊の「慶公宴」は昼下がりのティータイムに飲茶を楽しめる。ここでは、蓋碗使いの要領をスタッフに頼めば教えてくれる。「ハスのパイナップルソースかけ」などオリジナルの点心が供される。

心得(5)
 香港の知られざる悦楽は、アウトドア・ティー

茶を愉しむ極めつけは、自然の中で味わうこと──いにしえの文人たちは自然との一体感を大切にして、心を幽、閑、清、雅の境地に遊ばせた。喫茶風の創始者・陸羽の心意気である。新界の粉嶺に「雅博茶坊」が運営する香港唯一の茶園があり、緑一面の中で茶菜(お茶を使った料理)を味わい、食後にのんびり銘茶を味わいたい。
また九龍から1時間半で着く新娘潭付近は遊歩道が整備された景観区で、森林浴をしながら峡谷を歩き、中国本土まで見渡せる大帽山の山頂で飲む茶も、また佳いものだ。
 (2004.08.02作)
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2004/08/01のBlog

──草弥の詩作品(24)──

   散文詩・ホルモン療法 Hormone sexuelle・・・・・・木村草弥

ホルモン療法とは何か?
これは読んで字のごとく、人間が内分泌するホルモンの働きを利用した治療法のことである。
癌細胞は、ある種のホルモンを《ドリンク剤》のように摂取して元気ハツラツ、活発に成長して行くのだから困ったものだ。
だとすれば、それを利用しない手はない。癌細胞の成長に必要なホルモンを与えないようにすれば、癌細胞は飢えて死ぬ。
ならば「ホルモンをコントロールすることで癌の成長を止めよう」というのが、ホルモン剤療法の基本原則である。
一般にホルモンは、癌細胞の核内にあるホルモン・レセプター(受容体)と結びついて癌細胞の増殖をうながす。その性質を逆手にとって、ホルモンによく似たホルモン剤を投与すると、癌細胞はだまされ、《偽物》をつかまされる。
癌細胞の分子を狙い撃ちする分子標的薬の先駆的な存在──これである。

前立腺癌では、男性ホルモンのテストステロンが癌細胞を活性化する。
脳下垂体は脳の下部にある内分泌腺で、黄体形成ホルモンなどの性ホルモンや、成長ホルモンなどを分泌する器官である。
黄体形成ホルモン放出ホルモン作用剤=LH-RHアゴニストは(Luteinizung Hormone Releasing Hormone Agonist)の頭文字を取った略称。Luteinizung Hormone(黄体形成ホルモン)は、女性に対しては成熟した卵巣に作用して排卵を促し、男性に対しては睾丸に作用して男性ホルモン=テストステロンの生産を促す。
LH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)は、下垂体に隣接した脳の視床下部から放出されるホルモンで、このホルモンの血中濃度が常時高いレベルに維持されると、LHが下垂体から分泌されず、結果として男性ホルモンの分泌が抑えられる。Agonistとは作動薬という意味。
つまりLH-RHアゴニストは、LH-RH(黄体形成ホルモン放出ホルモン)と同じ働きをするホルモン剤。
このような薬剤を一般的にアナログAnalogue(類似物)と呼ぶのでLH-RHアナログとも言う。
下垂体の中で、LH-RHの作用をブロックする(イス取りゲームのようにLH-RHのイスをLH-RHアナログが先取りする)。
武田薬品開発の世界特許ヒット薬品「リュープリン」は成分としては酢酸リュープロレリンで、リュープリンの下垂体に対する働きはLH-RHの100倍にも達して、逆に働く(逆調節)の作用を示すので1カ月に一本を皮下注射すればよい。
併用薬としてプロスタールL錠50mgを毎朝1錠服用する。この錠剤は体内の男性ホルモン「アンドロゲン」の働きを抑える「抗男性ホルモン剤=抗アンドロゲン剤」の一つで、生化学的にいうと「酢酸クロルマジノン」というステロイド剤である。
ホルモン療法には副作用として「更年期障害」が起きる。男性でも顔のほてりや多汗、むかつき、動悸など。そして深刻なのが精神面での影響である。これが必ず起きてくることを無視できない。
そして、わが草弥氏の前立腺Prostataの現状である。2剤の併用によって、ただいまは、すっかり大人しくなって、更年期障害らしきものもひどくはない。2003年12月にリュープリンの注射をはじめて丁度8カ月だが前立腺腫瘍マーカーPSAの数値も0.6と順調に下がっている。
来年になれば予約待ち中の、その筋の最先端医療機関、独立行政法人・国立病院機構・東京医療センターの「小線源療法」を受診、手術することになる。アメリカでは半数以上の件数が、この小線源治療を占めており、経験件数としても安定して増えてきている。
秋には上京して、先の治療方針を確認することになる。
(2004.08.01作)
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2004/06/29のBlog

──草弥の詩作品(23)──

  散文詩・「ピエタ」 pieta -la mort et le corps・・・・・・木村草弥

 ────地のものは地へ、そして魂は天へ、 その他のものは死滅する。 
      ───────────────────<ミケランジェロ詩篇>───

89歳という長寿を全うしたミケランジェロは、1564年の死の瞬間まで、彫刻の鑿を振るっていたと伝えられる。最後の作品は「ロンダニーニのピエタ」と通称される。現在、ミラノのスフォルツァ城に収蔵されて、展示される。この作品は未完成である上に、たいそう問題含みの作品と言われる。
ピエタとは、イタリア語で「哀れみ」を意味する言葉。この作品は、磔刑に付されて死を迎えたイエス・キリストが十字架から降ろされたとき、母マリアが子イエスの遺体を抱きかかえて、悲嘆にくれる情景を表わす。ピエタは図像や彫像として表現され、ヨーロッパ美術の重要な主題とされて来た。恐らくは、ミケランジェロに先立つこと2世紀、北方ヨーロッパで発案されたという。中世末の聖堂で、イエス受難のクライマックスを表現するものとして、盛んに、この像が祈拝されたようである。
ミケランジェロは、生涯に四つのピエタ像を作った。現在ローマのヴァチカンのサンピエトロ大聖堂に納められるのは、ミケランジェロの最初のピエタで23、4歳の頃の作品である。ピエタという主題を表現した最高傑作として、特別の場所に置かれている。ルネッサンス芸術が理想とした、肉体と精神との確実な響和が、サンピエトロの建物の中にみなぎっている。
その最初のピエタ制作の日から約65年の年月が経過した。晩年のミケランジェロは、今またピエタの大理石に向かい合っている。これまでに、なお2点のピエタを作っている。
「ロンダニーニのピエタ」は、まずもって未完成である。イエスの遺体に添えられた右腕は、たぶん削除される筈だったのだろう。胸と腹の部分には、荒削りな鑿のあとが残る。それよりも問題なのは、イエスとマリアとの姿勢が、慣例と違って、二人とも立ち上がった形を取ること。マリアがイエスを引き立てて、死者を慈しんでいるのだろう。共に、力なくよろけ落ちんばかりに、辛うじて立体として支えられている。イエスの肉体は、すっかりと筋肉がこそげ落とされ、顔には疲労感が一杯に覆う。
ほとんど木彫とおぼしき鑿跡の像からは、死者と生者との、母子の温和な対話が聞こえて来るようである。このときイエスは30歳あまり、マリアは50歳ほど。大人の母子が、失われた幸福と引き換えに、永遠の安息に至った、そんな安堵感に捉われそうになる。
先にも述べたが、そもそもピエタとは「哀れみ」の意味である。「悲しみ」ではない。哀れみにふさわしい肉体の表現とは、一体どういうものなのか。ミケランジェロは、ひたすら思考したのだろう。若いときに制作したヴァチカンのピエタに見られる強靭な肉体力によって、受難に耐える像を制作したことのある芸術家は、今度は細々とした肉体を選択した。だが、しかし、それは単なる弱さや惨めさを表現するためではなく、現世の死という通過点を辛うじて受苦する母子の、今ひとつの強靭さを表現するためであった。哀れみは、ここではまた、安堵の喜びでもあった。
いずれにせよ、死期を悟ったかに見えるミケランジェロが、その晩年の肉体の感受性に依拠して生み出した、稀有の作品である。未完成なりに、完成したら、どうだったか、と色々想像させてくれる傑作と言えようか。
 (2004/06/29作)
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──草弥の詩作品(22)──

   散文詩・イスラームの楽園 paradis d'islam・・・・・・・木村草弥

───敬虔な信者に約束された楽園を描いてみようなら、そこには絶対に腐ることのない水をたたえた川がいくつも流れ、いつまで経っても味の変わらぬ乳の河あり、飲めばえも言われぬ美酒の河あり、澄み切った蜜の河あり。また、そこではあらゆる種類の果実が実り、その上、神の赦しがいただける・・・・・。 ─────────────(コーラン第47章)───

「イスラーム」とは、「神に身をゆだねる」という意味である。
イスラーム教の楽園は、天国を指す。この世において信仰篤く、善行を励んだ者は、その報いとして、死後、楽園に入ることが許される。この楽園は、キリスト教世界とは異なり、禁欲的な世界が全く存在しない。コーラン第47章に書かれるような花園。
これは、現世のイスラーム教徒(ムスリムという)の抑圧された欲望の反映のようにさえ見える。
それに比して、地獄は業火と熱風の灼熱の世界として描かれる。喉の渇きをいやすために、ぐらぐらと煮えたぎる熱湯を、渇き病にとりつかれた駱駝さながらに飲み干さなければならない。
楽園にあるのは、砂漠で最も魅力的な存在である「水」のイメージである。イスラーム教徒にとって夢のような空間が、ここにある。

───えも言われぬ幸福の楽園に入る人々。
向かい合わせでゆったりと手足を伸ばせば、永遠の若さを受けたお小姓がお酌にまわる。この酒はいくら飲んでも、頭が痛んだり、酔って性根を失ったりしない。
その上、果実は好みに任せ、鳥の肉など望み次第。目涼しい処女たちは、そっと隠れた真珠さながら・・・・。もうそこでは、くだらない馬鹿話も罪作りな話も聞かないですむ。
耳に入るのは「平安あれ」「平安あれ」のただ一言
・・・・・・。
     ────────────────────(コーラン第56章)───────

地上のパラダイス「アル・アンダルス」
西暦711年、アラブ人とベルベル人からなるイスラム軍団が、ジブラルタル海峡を渡り、わずか2年足らずでイベリア半島を制圧した。イベリア半島は「気候はシリアのように温和で、土地はイエメンのように肥え、花や香料はインドにように満ち溢れ、吹く風も麝香のように芳しい」と表現され、広大なイスラム帝国各地から、この地上のパラダイスを求めて多くの人が集った。
その中に、アッバース朝の粛清を逃れたウマイヤ朝の若い王子がいた。長い放浪の末に王子はイベリア・ウマイヤ朝を築き、アッバース朝への敵愾心をむき出しにして帝国の繁栄に心血を注いだ。当時、パリやロンドンが人口3万にも満たない頃に、首都コルドバは100万近くの人口を抱えていた。世界中から一流の学者、芸術家が集り、医学、数学、天文学、文学などさまざまな分野で華々しい成果をあげていた。また、自由な気風の中で、宗教の垣根を越えてキリスト教徒も学問に励み、のちにヨーロッパ・ルネッサンスを生み出す基礎がここに築かれていた。
この繁栄も政権の内部崩壊とキリスト教徒のレコンキスタ運動に圧迫されて敗退するが、迫り来るキリスト教徒の気配を濃密に感じながら生きてきたイスラーム教徒の死の恐怖と悦楽・・・・・。
コーランには、このような美しい来世の楽園の話ばかりではない。生きるために、正当なイスラームの血の家系を守るためには、戦争、略奪、殺人も正当化される話も多い。今や「聖戦」の名のもとに繰り広げられる殺戮は、その一面の反映であろうか。
 (2004/06/29作)
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──草弥の詩作品(21)──

    「弓を引くヘラクレス」 Herakles ・・・・・・木村草弥

               ───表面的な面は偶発的な出来事に過ぎない。
              しかし、構成的な深い面は、いわば運命なのだ。
 
                       ───アントワーヌ・ブールデル──

 (1)「弓を引くヘラクレス」 

「弓を引くヘラクレス」の矢は
どの標的を狙っているのか。
両足を しっかりと地につけ
歯を食いしばって強弓を構える──その姿。
ヘラクレスの狙うのは 天空を舞う鷲だ。
かの鷲は コーカサス山脈を棲みかとし
獲物を見つけては その鋭い嘴をもって 攻撃してやまない。
ヘラクレスが狙う鷲は
いまプロメテウスを獲物として
ほしいままにその内臓にまで食い込もうとする。

かつて ゼウスの不意をついて「火」を盗み出し
人間界に火の恵みをもたらしたプロメテウスは
その罪を問われて 高山の頂で
磔刑に服している。
人類の恩人を
こんな罪業におとしめるとは何事か。
ヘラクレスの義侠心が これを許さない。
弓を構え、鷲を射落とし、プロメテウスの縄を解いてくれよう!
剛力のヘラクレスにして
はじめて可能な人間技であった。

ブールデルの鑿をもって
その情景は現実になった。
ヘラクレスは あくまでも人間である。
けれども、ほとんど神々に近いとなれば
筋力すらも 何か自然を超えた魔性をたたえているかのよう。
ブールデルの師・ロダンの作品では
人間の筋肉は まさしく物理力の表現だが
ブールデルは どうだろう
ヘラクレスは天空を飛翔する形而上の化身とでも言うべきか。

ヘラクレスは不可思議な伝説上の英雄だ
ギリシアのいずれかの地──たぶんアルゴス地方に口承で伝えられ、
たちどころに剛力を発揮するようになる。
ゼウスのアルクメネとの不義の子で、若くして武芸を学ぶ。
テーバイ南方の山岳で 恐怖のライオンを退治し、
のちのちまで このライオンの皮を頭からかぶって威厳を示した。

「弓を引くヘラクレス」の矢は
プロメテウスを襲う鷲を狙っている。

 (2)オンパレに迷うヘラクレス

ヘラクレスがギリシアから東方にむかい、
アナトリア──つまり小アジアに向かうと
紀元前6世紀ころに、かの地に勢力を張り、
繁栄を誇ったリュディア王国にたどり着くが、
彼は この王朝の創始者とみなされるようになる。

リュディアはアナトリア半島の交通の要衝を占め、
貯えた富によって、早くも金貨を鋳造したという。
リュディア人は、その王朝の初発に、
こともあろうに英雄ヘラクレスの名を据えた。

因みに、リュディア王国の一氏族──アシア氏の名が、
のちの「アジア」という陸地名に受け継がれたのだ、と
ヘロドトスが書き残している。
つまり ヘラクレスの一族はアジアの王家として語り継がれることになる。

ヘラクレスがリュディア王朝を打ち立てる次第は
アポロドトスの『ギリシア神話』に由来する。
──遍歴する力自慢のヘラクレスが、
小アジアのリュディアに至ると、かの地の女王オンパレによって
奴隷として寵愛を受け、いつもの通りに悪蛇や盗賊を退治し、
国の安全を守ることに貢献する。
亡夫の王の死後、孤閨を守っていたオンパレは
ヘラクレスに惚れ込み、再婚して子供をもうける。
これがリュディアのヘラクレス王朝の創始であると伝える。

客分であったヘラクレスは女王オンパレの色香に迷い、
その手練手管に見事にはまってしまう。
剛力の英雄を前に、オンパレはサンダルを振りかざして叩きつけ、
いとも容易にヘラクレスを制圧する。
ヘラクレスの神通力のもとであるライオンの皮と棍棒を奪い取り、
みずから身につけて英雄ヘラクレスに命令する。
私に従順に従いなさい、と。
なんとも形無しのヘラクレスというべきか。

ヘラクレスとオンパレの王朝創設伝説は
のちにギリシア、ローマの話題となった。
いま ヴァチカン美術館に行けば
紀元前2、3世紀ローマの彫像「オンパレの姿をした女性」立像を
見ることが出来る。

ヘラクレスの弓は、天空に向けられるとしても
地上のヘラクレスは、容易に美女の前にひれ伏し、
武器をさし出して従順を誓う。
こうした起承転結のゆくりなさ故に、
我々は古代への共感を編み出すことになるのだ。
 (2004/06/29作)
──草弥の詩作品「草の領域」②・・・・・・木村草弥(Doblogから転載)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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──草弥の詩作品(20)──

   元命法という占術 l'avenir ・・・・・・・・・木村 草弥

 陽光
心が繊細になっている今月は、ひとり旅がおすすめ。
特に、水辺の風景がイマジネーションの源泉に──。
波音を聞きながら思索にふけると、新たな人生の方向性が
見えてくるかも。
海や湖に面したホテルで過ごすのも、マル!
心が狭くなっている時には、初夏のさわやかな空を眺めて
深呼吸を──。
感覚が鋭くなる時。普段よりワンランク上のものを身につけたり、
一流の芸術に触れ、感性に磨きをかけましょう。
作品の発表やプレゼンはチャンスです!
個性を前面に出すと強いでしょう。
新しい流れは柔軟に受け入れて、吉!
ただ、完璧さを求める余り、周りに厳しい目を向けがちに。
おおらかに許しあう道を選んで──。

 稲妻
発言力が高まっています。
会議やミーティングなどでリーダーシップを発揮できそう。
交渉事も有利。
夢が叶いやすい運気なので、大きなビジョンをアピールすると
強いでしょう。ただ、言葉が過ぎて、周りを傷つけてしまう可能性も。
冷静さを取り戻せるはず──。
素朴な自然との触れあいが、みずみずしい感性を取り戻してくれる。
原生林や野生のハーブ、野鳥が生息する場所に出かけてみては?
森の中の一軒家のような宿で、小鳥のさえずりに目覚める休日──。
体力が充実しているなら登山もおすすめ。温泉も、マル!

 田園
新展開とリーダー運。
ひとつのジャンルでトップに立ったり、新しい環境で責任者に推されることも。
率先してリーダーシップを発揮すると、上昇運に乗れそう。
ただ、今までのやり方にこだわると、孤立する恐れも──。
苦言も素直に聞いて。
水と緑ゆたかな風景が、頑なになりがちな今月のあなたに、
しなやかな感性を与えてくれそうです。
ミズバショウの咲き乱れる高原を散策したり、山里に湧水の名所などを
尋ねるのも、おすすめ。
迷いがちなら、直立する杉木立や竹林を眺めると、心が落ち着き、
目標が見えてくるかも──。
菖蒲の花にも、気持ちを立て直す力が!

 風雲
狙い通りの答えや結果が得られる時。
特に、目上の助けで状況が好転しそう。恩師や上司に紹介や、
口添えを頼むなどの根回しを──。
素直な態度が協力を得るカギ。
虚勢を張ったり、背伸びすると、礼儀を失してしまう可能性も。
考えすぎると、かえって答から遠ざかるかも。
書物にヒントを求めて──。
初夏の陽光をたっぷり浴びるほど、運気に希望が差す時。
草原に寝そべって青空を見上げたり、日当たりのよい場所で
読書もいいでしょう。
考え過ぎた時には、満天の星を眺めると、視野が広がり、
行動力が湧いてきそう。
風流な世界との縁もあるので、神社仏閣や日本庭園を尋ねるのも、マル!
風景を見て一句ひねってみては?

 天星
発展的な運気。
何事も、あなたの予想を越えて広がりそう。
今までのやり方をガラッと変えてみることが、飛躍のきっかけに。
意外な相手と組んだり、海外の仕事のスタイルを取り入れるのも、おすすめ。
ただ、優柔不断になったり、意思が通じにくくなる傾向も。
誤解を恐れずに、堂々と発言を。
冒険的な旅が、発展運に火をつけそう。
人生観を変えるような出会いの暗示も──。
言葉の通じない国や、ガイドブックに載っていない場所にゆく、
初めての乗り物を利用する、など未知の要素を取り入れるほど充実しそう。
船旅も、おすすめです。
移り変わる海の色を眺めていると、今までとは全く違う発想ができそう!
海岸リゾートで、ダイビングやサーフィンなどマリンスポーツを楽しむのも、マル!

 紅葉
停滞していた人も自信復活。
人との出会いや交流によって、励まされたり、癒される出来事がありそう。
不穏な状況や地位も安定するでしょう。
もめていた相手とも信頼関係を取り戻すチャンス!
有用な情報も集って来ます。周りに還元することで人気が益々不動に──。
ただ、八方美人にならないよう注意して。
運気が落ち着く今月は、山の中に滝や石清水を探して歩くと、
心が洗われるでしょう。新緑の渓谷を散策するのも、おすすめです。
また、人との触れあいに和める運気でもあるので、ガイドやインストラクターに
案内してもらったり、現地の人々との交流をはかるツアーに参加するのもよいでしょう。
また、ラベンダー畑などハーブの群生地に出かけると、元気を取り戻せそう!
 (2004.06.03作)
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この詩を載せたら質問があったので追記する。
通常の、週刊誌などに載っている「占い」欄は、みな「西洋占星術」によるもので、星座表──みずがめ座とかさそり座とかに月日によって割り当てられている。因みに、私は2月7日生まれで「みずがめ座」ということになっている。
だから私は第四歌集『嬬恋』(角川書店刊)の中で、こんな歌を作った。
 みづがめ座われのうちらに魚(いを)がゐてしらしらと夏の夜を泳げり
この歌は『嬬恋』自選60首の中にも採っているのでWeb上の、上記のHPで見ることが出来る。
脱線したが、私が目をとめた、今回の「元命法」という占い術は中国の陰陽五行説をベースとする「万象学」という膨大な理論体系に基づくという。
だから12に分けられた生年月日の分け方の名前も、「陽光」5月5日~6月5日生まれ、「稲妻」6月6日~7月6日生まれ、という風に名づけられている。一般的な西洋占星術の星座表の名前と違って、漢字にどっぷりと浸かっている日本人には面白いと思った。
しかし、書かれている占いの文章の中身は、西洋占星術のものと変りない。もっともらしい、誰しも心当たりがありそうなことが書かれている。
私は「詩」として、これを書いたので、生年月日の区分などは書かなかった。もっとも、私の文章も、もっともらしいことが書かれているに過ぎない。どちらかというと、知識労働者──デスクワークの人を対象に書いたかも知れない。
いずれにしても、お笑い種(ぐさ)として読んでもらえば有難い。
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2004/06/02のBlog

──草弥の詩作品(19)──

   プラシーボ placebo ・・・・・・・・・・・・木村 草弥

Y'a le printemps qui chante.
春が歌っている──少しばかり気取って言えば
目の前の田園に
そんな風景が広がっていた──。
そんな季節も過ぎ去って
もう 夏が来ようとしている
<プラシーボ>を処方してあげよう

2004年2月の『サイエンス』に載った
「プラシーボ(にせ薬)の効果」についての
ウェイガー博士の論文──
<心は感覚さえもコントロールする>のである
一般に素直で几帳面な人は鬱病になりやすいが
また プラシーボが効きやすいという
<プラシーボ>を処方してあげよう

<ジャンル>というのは
あくまでも<後付け>
詩は いずれも
心のうちにある韻律の産物──。
「私の内面にはプリミティヴな情熱、本能があるの」
と、その人は言う
日常生活の中で
自分の感情を発散したり
言葉で表現するのが苦手
だが
紙片に向かうと
いつの間にか自分の気持ちを託せるという。
<プラシーボ>を処方してあげよう

<ジャンル>というのは
あくまでも<後付け>
詩は いずれも
心のうちにある韻律の産物──。
<プラシーボ>を処方してあげよう

<最近泣いたことはありますか>
問われて はたと つまづいた
感情のおもむくままに
泣くという行為が 久しく ない。
<プラシーボ>を処方してあげよう
 (2004.06.02作)
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2004/06/01のBlog

──草弥の詩作品(18)──

   弥生の不在 absente ma femme ・・・・・・木村草弥

弥生が家に居なくなることが多くなる
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>

五十年暮らして来て
いつも一緒だった
入院して手術して 1カ月、1カ月半の
不在ということも幾度かあった
だが それが済めば
また ずっと一緒だった
離ればなれになって過ごすのが
苦しくて仕方なかった

イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>
だが ここ数カ月
出血や レーザーメスによる腫瘍の切除やらと
数日単位の入院が多くなる
それを積算すると
弥生が家に居なくなることが多くなる

夢を見ていた
魚になって あてもなく 
海を漂っているような日々
海流が冷たい こごえるようだ
魚類最大のジンベイザメが近づいて来る
呑み込まれはしないか 怖い
ジンベイザメはプランクトンを食べていて
人が食べられることはない
と判ってはいるが──。
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>

今度の入院は三日間
初日に レーザーメスで
膣口に押し出してくる腫瘍の先端を切り取った
二日目は 切り口の観察と静養
三日目は 排尿管の取替え
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>

ミレニアムの年 2000年に
二人してエルサレムのゴルゴダの丘を
訪れたのは幸運だった
今 しきりに
十字架にかけられたキリストの叫びが偲ばれる
<エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ!>
「わが神、わが神、いかで余を見捨てしや!」 (マルコ伝15章 33-39)
と叫んで息絶えた、というキリストを──。
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>

めっきり痩せた弥生が
そろりそろりと午後の散歩から戻ってくる
初夏の陽炎(かげろう)に
ゆらゆらと揺れながら──。
弥生の不在に 慣れなければならないのだろうか
<永遠(とわ)の不在>を恐れる。
イタリアの諺にいう
<人は時を測り 時は人を計る>
(2004.06.01作)
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2004/05/28のBlog

──詩作品⑰──

    皆既月蝕 eclipse totale de lune・・・・・・・木村 草弥

明けがたの
レム睡眠の夢見の中を起き出して
何年ぶりかの皆既月蝕を見た
月の面に ひとつの黒い影が近づいてくる
月が蝕まれてゆく
それを見ている私がいる
何という暗さだろう
月は いつもは さほど明るくはないが
今暁は 何という暗さだろう
月を蝕んでゆく地球の淵に
私が居る
何という遠さだろう
現(うつつ)のすぎゆきに私を置き去りにして
私が居る
何という儚(はかな)さだろう

暗さの中で 私は あの人を抱いた
いとしい生きものを
そっと包み込むように──。
その上を時間が流れ
赤銅色の月が ふたたび
ゆるやかに夏の早暁の森を照らし始めたとき
ぼんやりした意識の底に
私たちは居た

私の唇は あの人の唇をふさいだまま
愛は 確かめられたか
傍らに寄り添う暮しが何十年も続いている

地球に蝕まれている間も
月は確実に太陽の光を受けていた
日常の意識が
太陽の光を屈折させて届けて来る

私の中に
すっぽりと包まれるている あの人に
──愛を伝える術(すべ)をまさぐり
──まだ 愛し尽くしていない

いま月蝕の回復を目のあたりにして
月と太陽と ふたつのものの間(あわい)に
宙(そら)に浮ぶ地球の淵で
私は立ちすくんでいる
 (2004.05.27作)
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2004/05/26のBlog

──詩作品⑯──

   パロール parleur et parleuse ・・・・・・木村 草弥

ゆるやかな雲の流れ
許された時間が ひととき
僕たちに立ち止まる
それぞれ速度のちがう身体をもつ僕たち
妻よ すれ違ってゆく<時>を
僕らは 持った
そして 一瞬のうちに
そして たぶん永遠の
光の風味───。

僕たちは 多くの そして ひそやかな
パロールを交わしていた
そして たぶん ランプのほのかな光
さしあげた脚を照らしていた
草叢のざわめくときに
終わりを知らぬ<愛>
よどむ水面にただよう<言葉>の断片たちよ

夜を潜って
君を探しあてると
そこに<唇>があった
それは夜にしか
顕(あらわ)れないのかも知れない
言葉のやり取りが
果てしない線路のような気がして
どこかに 終わりがないかと
やみくもに潜ったものだった

夜を潜って
君を探しあてると
そこに<唇>があった
そこを かき分けるように進む

僕たちは 多くの そして ひそやかな
パロールを交わしていた
そして たぶん ランプのほのかな光
さしあげた脚を照らしていた
草叢のざわめくときに
終わりを知らぬ<愛>
よどむ水面にただよう<言葉>の断片たちよ
 (2004.05.26作)
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2004/05/25のBlog

──詩作品⑮──

   臓器 organ ・・・・・・木村 草弥

身体(からだ)の内外というのは
どの辺を境界とするのだろうか
骨も内臓も わが意のままにならぬ

私の身体は 私にとって
最も身近な<他者>
私の臓器の見る夢を捕まえられるのは
<言葉>しかない

この肉体は仮の姿とも言う
仮の姿の臓器のたぐいを持ち 
生きる
<思想>も<愛>も臓器の見る夢か

わたくし という仮の宿りの肉体を
かけめぐる液体──血液とリンパ液
わが意思の及ばぬ<私>という皮袋
不断の血のリズムで温もりを保っている

アントナン・アルトーは言った
<僕の自我と折り合いの悪いもろもろの臓器>
<呼吸をする箱としての身体>
つまり 理性ではない身体そのものの思考を展開した
───アントナン・アルトー

私の身体は 私にとって
最も身近な<他者>
私の臓器が見る夢を捕まえられるのは
<言葉>しかない
 (2004.05.25作)
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2004/05/24のBlog

──詩作品⑭──

   男根 phallus・・・・・・・木村 草弥

 (1)
オーギュスト・ロダンの彫刻に
バルザックを彫った塑像がある
私は まだ それを見ていない
バルザックはガウンを羽織って
ガウンの下で男根を握っているという
それは愛 それとも闘志?
バルザックの男根を彫るという
したたかなロダンの目──

私は まだ それを見ていない
ガウンの下に隠れたバルザックの男根
勃起したバルザックの男根
──それを握りしめているという男根
彫刻的に
そんなことが可能なのか?
あるいは この塑像のための
デッサンの中で 男根を握りしめているのか
この話を私にしてくれた男の精神のしたたかさ

オーギュスト・ロダンの彫刻
バルザックを彫った 男根を握りしめる塑像
私は まだ それを見ていない

 (2)
今どきの わが憂鬱のみなもと
わが愛する前立腺よ わがprostataよ

タケダ薬品が開発した商品名─リュープリン
一般的な薬品機能名─LH・RHアゴニスト
それは男性ホルモンを遮断する注射薬
その効き目は著功というにふさわしい
前立腺癌 adenocarcinoma は
男性ホルモンの作用で癌化が促進されるという
<非男性化>させよ!
この絶対命題のもとに開発されたリュープリン──
世界特許の戦略的ヒット商品
わずか1ccほどの注射液1本が8万円もする

わがprostataは
すっかり おとなしくなり 勃起の気配もない
腫瘍マーカーの数値も 0.7なんぞという低さ
リュープリンお手柄、お手柄というところ
すっかり手なずけられた prostataよ

今どきの わが憂鬱のみなもと
わが愛する前立腺よ わがprostataよ
 (2004.05.24作)
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2004/04/15のBlog

──『草の領域』──

**草弥の詩作品**⑬──

    妻の手・・・・・・・・・・・・・・木村 草弥

春昼である。
右手を投げ出して妻がまどろんでいる
その手は いかにも病人という手で、いとしい。

愛咬───時実新子の句《愛咬やはるかはるかにさくら散る》を思い出す
いつだったろうか
抱擁しながら戯れに妻の耳たぶを咬んでみた
そして 耳たぶを咬んだ唇(くち)から
「弥ぃちゃん」とささやいていたっけ。
今は ただ眺めているだけ。

春昼である。
右手を投げ出して妻がまどろんでいる
その手は いかにも病人という手で、いとしい。

手───安住敦の句《芹をつみ来し妻の手が夜はにほふ》
私のBLOGに この句を採り上げたので
挿入する写真にデジカメで妻の手を撮った。
その手は いかにも病人という手で、いとしい。

その妻の手を口に含んで
舌先でころころ弄(もてあそ)びながら愛玩することも出来よう。
今は ただ眺めるだけ。

春昼である。
右手を投げ出して妻がまどろんでいる
その手は いかにも病人という手で、いとしい。
 (2004.04.15作)
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2004/02/14のBlog

  長篇詩・・・水の思想・・・・・・・・・・・・・・・木村草弥

 第1章 水惑星となるまで

宇宙ガスが渦巻く太陽系の中に
原始の地球が誕生し
隕石の衝突によって爆発を繰り返していた。
約38億年前、マグマに覆われた地球の地表に
熱湯のような雨が滝のように降り注ぎ、
燃えさかる大地を急速に冷やして行った。
降り注いだ雨は再び天にのぼり、
新たな雨となった。
毎日毎日いつ果てるともなく豪雨がつづき
地上では大洪水が起り
激流となった水の力は
広大な地表を削り、固め、砕いて行った。

それから億年単位の歳月が過ぎ
生命が生まれ、植物が繁茂し
生命体を、人類を、
ホモサピエンスを地上に送り出した。
私たちの地球が、今も奇跡の星でありつづけるのは、
大いなる水が、天と地を激しく循環するからだ!
水惑星なんぞと命名したのは誰か?

 第2章 海の名残り

人類の遠い先祖が海を離れてから、三億年か
四億年という長い歳月が経った。
私たちの体には今もって、海の名残りがある──
私たちの体は60~80パーセントが水で、
そうした体液の成分の比率は、海水によく似ているらしい。
四分の一の濃度の海水と同じと学者は言う。
PHも海水と同じ弱アルカリ性だから──

 第3章 モンゴリアンの記憶

「運のいい人は、雨と共に」とモンゴルの諺は言う。
夏到来を告げる「初雨」の日は、その幸運も大きいと喜ばれる。
春夏秋冬は雨の多寡によって色分けされる。
「天への崇拝は、まだモンゴルに残っていますか」
「モンゴル人なら、血や肉のなかに入っています。天を忘れて、
たれが生きられますか」
モンゴルの旅の途中、司馬遼太郎の問いに同行のツェベクマという
モンゴル女性が答える『草原の記』の一場面である。
司馬は「そこには空と草だけでできあがっている。人影はまばらで、
そのくらしは天に棲んでいるとしかおもえない」と言う。

モンゴリアンの記憶をとどめる我ら日本人は
日本列島という山紫水明の風土に辿り着いたのだ!
太古から縄文、弥生時代を引き継いで来たとは言え、
奈良、鎌倉、室町、戦国、江戸時代を経て
明治、大正、昭和、平成と延々と時空を経て
戦乱と飢饉と喜びと悲しみと、もろもろの経過があった。
昔は一年に休みは二回──盆と正月──
それが、ひと月に休みが二回となり、やがて毎日曜が休みになり、
土曜、日曜が連休になり、週末と言えば金曜日のことになった。
今や日本人は「七曜」という日常生活を一週間単位の周期で
過ごすようになった。

 第4章 水をめぐる一週間──une semaine qui concerne de l'eaux

何せむといふにもあらぬ
 日めくりを剥げば日曜の朱色の数字

夕ぐれの同じき景色みえながら、
 ああ月(ルナ)いづるlundi(月曜)は昏れ

きらめけるものを恃まむうつしみは
 朝の光を浴ぶる火曜日

蔦もみぢのいのち移ろふ
 虫喰ひのくれなゐの葉が昧爽(まいさう)に疼(いた)む

雨を得て秋茄子の紺艶(えん)なれば
 深まる秋も水曜の朝

われら住む京都盆地の底ひには
 巨き水瓶(すいべう)よこたはるてふ

満々と水を湛ふる地底湖よ
 億劫の時空とどめて邃(ふか)し

巨いなる水瓶の恵み
 我ら掬(く)む水の旨さよ地下の清みづ

哀れなる女ありけり
 行(ぎやう)あけの男と寝(い)ぬる洞川(どろがは)の夜を

万緑のなかの一葉を笛にせば
 清(すず)しかるべし木曜の晨(あさ)

一位の実手に乗せみれば
 煙管(きせる)いでし火だねのごとくまろぶも愛(かな)し

生業を退きても朝より忙(せは)しかり
 もう銭勘定はすまじき金曜

池の面に緋鯉の唇(くち)のあぎとへば
 土曜は吾妻いのち虔(つつ)しむ

毎日が日曜などと言ふまいぞ
 一週しかと巡り来るゆゑ

「初雨」の水を得し日よ
 一週の日々を重ねてひととせとせむ


 第5章 水を汚すな

今のメキシコ辺りに住んでいたマヤ族の雨の神は
「チャク」という名で呼ばれ、雨とともに稲妻も司どった。
カバー神殿の「コズ・ポップ」遺跡、ここは崩落が激しいが、
400にも及ぶ雨神チャクの顔のモザイクの彫刻によって覆われていた。
その、ところどころに長く垂れ下がる鼻が雨神チャクのものだ。
洋の東西を問わず、大洪水や水にまつわる神話や逸話があふれている。
これは、すべて、いかに「水」が生命あるものにとって、切実なものかを物語る。

我ら住む京都盆地の底には巨きな地底湖があり、満々と水を貯えている。
その水は、地上の琵琶湖の水とも関連があると言われている。
地底湖の水は、何十年、何百年、何千年の歳月を経て、
地層の土に濾過されて貯えられたものだ。
わが城陽市水道は掘り抜き井戸から、この水の恵みを頂いているが、
これらの汲み上げは、節度を守るかぎり、許されよう。
だが、近時の化学物質の地下水汚染だけは、断じて許してはならない。
ひとたび、これらの化学物質に汚染されると、
地底湖の水は清らかさを失い、
人間の体を蝕む素因となるからである。

いつの日か太陽は大膨張して爆発し、
その核融合反応の光線の恩恵を受けて、
気温を保ち、光合成して来た地球の生命が滅ぶのは勿論、
「太陽系」そのものが無くなる日が来る、と言われている。
「ヨハネの黙示録」あるいは仏教の終末思想、そんな光景が、
いつかは現実のものとなるのである。
こんな悲しい先のことを考えると「水の汚染」など、
ちっぽけなことだと言うかも知れないが、
その日まで、我ら地球上の生命は「いのち」を永らえなければならぬ。
今や「水の思想」とも言うべき哲学を、我々は持たねばならぬ。
(2004年02月14日作)

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第4章だけは、文語、歴史的かなづかいにしてある。「韻文」として、あるリズムを創出したいと考えたからである。同好の士の閲覧とコメントを得たいものだ。
「水」の写真というのは難しいもので、掲出のようなもので代用した。

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2004/02/13のBlog

  前立腺─Prostata・・・・・・・木村草弥

いのちあるものはいとほし冬さればプランターに培(か)ふビオラ・フィオリーナ

ま白なる花あまたつけ咲き満ちし一夏(いちげ)はニューギニア・インパチェンス

間なくして用済みとなる器官なれ愛(いと)しきかなや我が前立腺(prostata)

PSAの示す数値よ老い初めしうつしみに点す哀愁の翳(かげ)

男たる徴(しるし)はばまむ薬にて去勢に同じきLH・RHアナログ

下垂体ゆ出づるホルモン断たんとし予後よき癌かわれの腺癌(adenocarcinoma)

猛々しき男ならざる我ながら男を止めよと言はるる哀れ

生きたきは平均余命にて充分とうつしみを割く術(すべ)は拒みつ

いとしきは吾妻なれば病める身を看取りてやらな、それが気がかり

semen(精液)の一雫こそ恋しけれ間なくし絶ゆる腺をおもへば

(2003年11月05日作)

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この作品は、昨年あるところへ発表するつもりで制作したが、いろいろの事情で断念したものである。
これも短歌形式になっているが、自由詩として鑑賞してもらいたい。この作品も当時は文語、歴史的かなづかいを採用している。はからずも「前立腺癌」の初期のものがみつかり、以後、現在も治療中である。
テーマとしては、かなり深刻なものを主題としている。
掲げた写真は「ピサの斜塔」である。私の体の変調を象徴する意味で、あえて、この写真にしてみた。「比喩」として、これを見てもらってもよい。
草弥の詩作品「草の領域」①・・・・・木村草弥(Doblogから転載)
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   草弥の詩作品<草の領域>
      poetic, or not poetic,
      that is question. me free !
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   王道─La Voie royale・・・・・・・・・木村草弥

クメールの統べし五百年の栄華の跡ひそと佇む然(さ)れども峨々と

しかけたる猪の罠も錆びつかせ闇を抱きて密林ねむる

 『王道』4連
《ながく夢を見つめる者は自(し)が影に似てくる》といふインドの諺

P・ボワデッフル言へり<『王道』は狂ほしきバロックのごとき若書き>

「若い時は死とは何かが判らない」初対面のクロードにペルケン言へり

シレーヌの素肌に夜と昼が棲む、さて、やさしさを縛つてはみたが

 アンコールワット5連
「乳海攪拌」さながら交合のエロスに似てそこより天女アプサラ生(あ)れたり

王なべて不老不死を願ふもの「攪拌」ののち妙薬・甘露得しといふ

歯を見せて笑ふ女神(デヴァータ)像珍しとみれば豊けき乳房と太腿

幾何学的構造といふ神殿は135度の二等辺三角形

地雷に脚を失ひし人老いも若きも寺院の門(かど)に物乞ひをせり

 比喩として2連─物理学徒A・Hに─
競馬場の帰りにつつく関東煮(かんとだき) 非ユークリッドと君は言へども

「幾何学に王道は無し」弟子たりしプトレマイオスの治世はいかに

 「東洋のモナリザ」バンテアイ・スレイ2連
クララ率(ゐ)て女神像盗み捕縛されし逸話はマルロー二十二歳

ひと巡りにて足る寺院ロープ張りて女神と我らを近づけしめず

*幾何学の祖ユークリッドの弟子にエジプト最後の王朝であるギリシア人のプトレマイオス朝の創始者──つまりプトレマイオスがいた。
この王朝の最後の女王がクレオパトラである。
エジプトの古王朝とは、このプトレマイオス朝で、人種的に交替した訳である。
「幾何学に王道は無し」という言葉はユークリッドのもので、上記の私の詩の中では、深い意味はない。
アンドレ・マルローの『王道』からユークリッドの言葉を連想したからに過ぎない。
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私のWebのHP『王道』──アンコールワット紀行──がある。ご参考までに見ていただけると嬉しい。
この作品は、57577の短歌定型の形を採っているが、これはあくまでも「詩」であることを明確に、申しておきたい。自由詩にとっては、形式は自由である。定型であろうとなかろうと、それは問題ではない。
この作品は2003年2月19日の制作日付がついているので、この頃、私は文語、歴史的かなづかいを採用していたので、ここでもそれを尊重して、制作時のままとする。同人誌「かむとき」に発表予定だったが、取り止めたもので、ここに再録しておく。
掲出した写真はアンドレ・マルローが盗もうとした「バンテアイ・スレイ」寺院の女神像デヴァータ である。
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2004/02/08のBlog

   散文詩・南イタリア料理とポモドーロ・・・・・木村草弥

旅の楽しみは何と言っても食事だろう。各国が育んで来た偉大な食文化の数々。まずは南イタリアの料理を。
日本同様、国土が南北に長いイタリアは気候や食文化に大きな地方差が存在する。南イタリアは「太陽の国」のイメージがする。それはこの地方が乾燥しているからで、その条件に合った硬質小麦デュラム・セモリナやオリーヴなどが栽培される。パスタに使われるのは、このデュラム・セモリナのこと。南イタリアでパスタやピッツアがよく食べられるのは、そのため。
対して雨の多い北部は水田もあり、リゾットという米料理をよく食べる。また北イタリアではバターやクリームを使った料理が主流だ。肉料理や、トリュフやポルチーニ茸という高級茸の産地を抱えているので「山」のイメージの強い料理体系と言えるだろう。
南イタリア料理は「海」のイメージがする。アサリ、イワシ、マグロなど豊富な魚介類を使ったパスタは南部ならでは。アサリや数種の魚介を使ったボンゴレ、ペスカトーレといった名前に聞き覚えがあろう。イワシの塩漬けのアンチョビや、イタリア式カラスミのボッタルガなど。西洋人には珍しくタコも好む。
味付けをみると、北部や中部に比べて、圧倒的にオリーヴ油、トマト、ガーリックを多用する。サンマルツァーノという細長い品種のトマトは、トマトソースには欠かせない。唐辛子も南部の方が多用する。ピリッと辛いトマトソースのアラビアータは定番だ。ペンネというペン先型のマカロニと相性がよく、日本人にも評判がよい。ナスも良いのが採れ、オリーヴ油、トマトと相性がよい。煮込み料理カポナータやスパゲティ・メランザーネがおいしい。
ひと口にパスタと言うが、さまざまな形状に分かれるとともに、手打ち生麺か乾麺かという違いがある。アルデンテと言って少し芯を残すイタリア料理独特の茹で加減を楽しむのは乾麺の方で、硬質小麦の産地である南部ならでは。ソースにクリームを多用する北部では生麺が主流、と違う。
さて南イタリアと言えば、ナポリのピッツァを外すわけにはいかない。ピッツァの生まれ故郷であるナポリには「真のナポリピッツァ協会」なるものまである。生地にオイルを練り込まない、伸ばすのは大理石の台上で、薪を燃やして450度以上で焼かねばならぬ、など厳格な基準をクリアした店しか加盟出来ないことで有名。そこまで厳格な店でなくてもナポリの街角で見かけるピッツェリアでも充分においしい。特徴は北部や中部のような薄型でなく、縁が厚くモチモチふっくらしていること。ナポリの人々はこれを4つ折りにして紙に包み路上で立ち食いする。この楽しさは抜群。人気メニューはトマト、モッツァレラチーズ、オリーヴ油、バジリコだけのマルゲリータ。立ち食いはシンプルが一番。因みにバジリコは緑、トマトは赤、モッツァレラチーズは白。つまり三色で、イタリアの国旗が表現される。
ご存知のように「トマト」はイタリアでは「ポモドーロ」と言われ太陽の恵みと賞賛される。ポモドーロに幸あれ !
 (2004.02.08作)

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   詩・誕生日のお祝についての四題噺・・・・・・・・木村草弥

 (1)オドントグロッサム
大きなボール函で包装した蘭の鉢
オドントグロッサム─<彗星蘭>─が届いた
昨年上梓した歌集『嬬恋』の編集元・角川学芸出版から──
品種名・マリー・ノエル・<ベラノ>という
花の形が odonto(歯)と glossa(舌)に似てるからと
ギリシア語に因んでつけられたという
蘇芳(すおう)色の五弁の花びらの真ん中に
黄色みを帯びた glossa 舌様の花弁が乗る
寒さに弱く 温度は 10度Cを保て、という

シンビジュームはありふれているが
今年は豊かに花をつけて
窓べに咲き誇っている
デンドロビュームは まだ花芽を出していない
オンシジュームも まだ花芽の兆しもない
黄色の華麗な花が今年も見られるだろうか
贈られたオドントグロッサムが
それらの蘭に 新しく仲間入りした
「水は鉢の中が乾きそうになったら与えて下さい」
寒さに弱く 手入れの難しそうな花みたいだ
贈られた花鉢を枯らす訳にはゆかない

 (2)パーカー
先日たずねて来た長女が帰る時に
丁度私が散歩に出るところだった
冷たい北西風の吹きつける中を黙々と
ウオーキングに出る私の後ろ姿を見て
パーカーを贈る気になったという
QUIKSILVER のマークが胸のところにある
商標の意味はどうでもよいが
雨や風の日の外出には重宝だろう
この歳になると 娘の心ざしが 身に沁みる

 (3) ドライいちじく
いちじくは地中海沿岸の名産品で
トルコやギリシアで何度も食べた
今日 贈って来たのは札幌のROYCE'社が
トルコから輸入したDRIED FIGS だ
一個づつ平たく四角くアルミ箔包装にしてある
アダムとイブの神話の昔から
いちじくは甘美なものであったらしい
サボテンの実はイスラエル人の象徴という
「外側は棘、内側は甘美だ」と
ナツメヤシの蜜の甘さも 一神教の風土と切り離せない

贈られたドライいちじくを齧っていると
なつかしい地中海の太陽の香りがする

 (4)ティラミス・チョコレート
ティラミスのココアパウダーをまぶした
生チョコレートの四角形が
4個×5列 計 20粒 並んでいる
表面にまぶしたココアパウダーの
ほろ苦い味覚が 大人のものだ
REMY MARTIN の CHAMPAGNE COGNACが
配合されて 大人の味覚がほろ苦い

これも札幌のROYCE'社製のもの
キャッチコピーに「北海道の原風景をテイストに」とある
長女の会社は輸入雑貨などを商っている
もうすぐバレンタインデーだから
ちゃっかりとバレンタインのシールなんぞ貼って
わが家のリビングにもプレゼントとして届くのだ
 (2004.02.07作)
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